データ復旧 中古パソコン Andante / Crescendo 「Andante」1.Overture


 ガルディアシャフトから無事地上へ帰還を果たした一行は、帰りを待つ人々が多く待つラント近くへとシャトルを着陸させた。警備する兵が知らせたのだろう、全員がラントの門を潜る頃には広場に多くの人々が集まり、彼らを出迎え――無事を喜び合いながら領主邸へと向かった。
 リチャードについては、バロニアの王城で執務を代行しているデール公へと急使が出され、取りあえず知らせが来るまでは客室で安静にすることに。
 後の者は報告もそこそこに領主邸の女主人ケリーの手配で整えられた祝宴へとなだれ込み、皆の笑顔と笑い声で激戦の疲れを癒したのだった。
 ソフィの今後についてケリーと話し合い、アスベルの妹としてラント家に迎えることが決まると、然程の反対を受けずに意見が容れられたことに安堵の息を零したアスベル。そしてふと、祝宴の会場となっている広間を見て、一人が欠けていることに気付く。
「シェリアなら、先ほど客室へ向かいましたよ」
「え?」
「リチャード陛下のお体を心配していましたから、ご様子を伺いに行ったのでしょう。あの子は、優しい子ですから」
 視線を巡らせていたアスベルが母へと向き直ると、彼女は微笑しながらそう言った。
「シェリアがラントの救護使節の一員として活動していたことは知っていますね?」
「はい。治癒の力に目覚め、その力を役立てたいと思ってということも聞きました」
「ええ。フェンデルとの国境付近が騒がしくなり、お父様が指揮に出向くことが決まった際に、あの子が名乗り出たのです」
 けれど、とケリーは言葉を継いだ。
「それ以前からシェリアは良く手伝ってくれていました。体が良くなったこともあるのでしょう。本人に尋ねたわけではありませんが……、アスベルとヒューバートが家を出た後から機会が増えましたから、お父様と私を心配してくれて、なのでしょうね」
「シェリアが……」
「あの子にとって私は、アスベルとヒューバートとの関わりで諌める厳しい人間でしかなかったでしょうに……。それでもいつも笑顔で助けてくれて、本当に。娘のようだと、二人で思っていたものです」
 あの子は恐縮してしまうから、私もお父様も言葉にして伝えてはいませんけれど。
 そう言って、ケリーは微笑を深めた。
「願わくば、本当になって欲しいのですが……」
「え? 母さんはシェリアも養子に迎えたいのですか?」
 小首を傾げたアスベルの言葉に、ケリーは微笑を一転、苦笑へと変えて首を振る。
「いいえ。……本当にあなたは、こういう所がお父様そっくりですね」
「こういう所?」
「そう言えば、シェリアが今後どうするかは聞いたのですか?」
「あ、はい。世界中を巡って、人々の助けになりたいと」
「そうですか。……今度は、あなたが待つ番ということですね」
「はい」
「シェリアは気立てが良くて綺麗な娘だから、密かに娘のように思っている親の立場からすれば少し心配ではあるのですが……」
「え?」
 何が心配なのだろう、と不思議そうなアスベルにケリーは言った。
「ラントで『お嫁さんにしたい』と言われる子の一番初めに名前が挙がる子なのですよ、彼女は。貴方は幼馴染としての意識が強く、気付かなかったでしょうけれど」
「ああ、いえ……。確かに母さんの言う通りでしたけど、偶然そういう場面を見掛けましたから。それに……」
 再会してからこれまで、ただの幼馴染として以外の顔も見てきた。
 最初は冷たく、静かな顔。ソフィと再会した後には、僅かに微笑む顔。誘拐された後に見た、泣き顔。
 どれもこれも、子供の頃には見たことが無い彼女ばかりだった。
 それは少しずつ少しずつ、花が綻んでいくように。
 そうして、再会してから初めて自分自身に笑顔を向けてくれたあの時は、とても嬉しくて。
 再会してからこれまでを思い返していたアスベルの脳裏に、ふ、とベラニックでの劇のことが浮かんだ。
 吐息が掛かるほど、触れそうなほど間近で見つめた赤い顔。それは直後の衝撃によって驚きに変わって――。
「アスベル? ……アスベル、どうかしたのですか。顔が赤いですよ」
「え? あ、いえ。な、何でもありません……」
 慌てて答えたアスベルは、ちらりと客室の方へ視線を向けて付け加えた。
「あの、俺もリチャードの様子が気になるのでちょっと行って来ます」
 言って踵を返して母から離れると、そっと吐息を零すアスベル。
 しかし向かう先はリチャードの居る、つまりは今正にシェリアが訪れているかもしれない場所だ。
 そのことに気付いて足早だった歩調はゆっくりとなった。
(ど、どうしよう……)
 二人にとって「あのこと」は明確に触れていない出来事だ。
 それにあの時には他に考えるべき大切なことがあったから。それを言い訳に考えずに済んでいた。
 けれど今は、もう、言い訳にすべき「優先すべきこと」は無い。
 顔を合わせた時に普通で居られるだろうか、今更ながらに意識したことに知らず早くなった拍動を落ち着かせようと、青年は静かに深呼吸をしてから目の前の客室の扉を叩くべく右手を持ち上げた。

Overture
これは、もう始まっていた幕が静かに上がった時の――。
ED後の連作「Andante/Crescendo」の第一弾、「Andante」の一話目です。まずはアスベルに自覚への一歩を踏み出してもらわないとね。ということもあるのですが、私的にあの後のことを整理しておきたかったのでこのお話を。アスシェリへの布石です(笑) 次回はリチャード陛下のご登場〜。
[脱稿:10'1.7 掲載:10'1.20]


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