不動産鑑定評価 高層賃貸マンション Andante / Crescendo 「Andante」2.Delicatezza


 広間の賑やかさに負けぬよう、意識して強めに叩いた客室の扉。すると中からしっかりとした声で入室を促された。
「失礼致します」
 静かに入室すると、客室の寝台で半身を起こしているリチャードと視線が交わる。
 彼以外に人の姿は無い。
 くすり、小さな笑い声がして無意識のうちに部屋の中へ視線を走らせていたことに気付いたアスベルは、慌てて友人に向き直った。
「シェリアさんなら、少し前に出て行ったよ」
「な、何を言うんだリチャード」
「だって、明らかに僕以外の誰かを探しているような様子だったからね」
 ふふ、と面白そうに笑むリチャードに、アスベルは頬を赤らめる。
「それは……、シェリアがリチャードの様子を見に行ったみたいだ、って母さんが言ったから。だから、てっきり……」
「彼女は治療をしてくれた後、少し言葉を交わしてから部屋を出たよ」
「そ、そうなのか? それで、お前の体はもう平気なのか?」
「ああ。今夜は安静にするように、ってお達しを受けたけれど、もうほとんど問題は無い」
「そうか、良かった。しかし安静と言っても……」
 漏れ聞こえてくる広間の賑やかさにアスベルが苦笑すると、リチャードは微笑しながら首を振った。
「僕には皆と一緒に喜ぶ資格は無いけれど、こうして皆が無事ということを喜ぶ気持ちを感じられるのは嬉しい。だから、これくらいが丁度良いんだ」
「リチャード、そんなこと言うな。こうして皆が喜んでいるのは俺たちだけじゃない、お前が無事に戻って来たからでもあるんだ。体のこともあってこうして休んでもらっているが、そうじゃないなら絶対お前も巻き込まれてたぞ。パスカル曰く、今日は無礼講、みたいだからな」
 そうじゃないとフレデリックやバリーが恐縮するから、だからそう言ったんだろうけど。
 笑いながら付け加えたアスベルに、金の髪の青年も沈んだ顔に笑みを戻す。
「パスカルさんは、相変わらずのようだね」
「ああ。彼女にはとても助けられた。勿論、教官やソフィやヒューバート、それからシェリアにも」
 旅の最中のことを思い出しながらなのだろう、にこやかに答えた友が最後に連ねた名前にリチャードは何気なく問い掛けた。
「そう言えば、シェリアさんとの距離は縮まった様子だね」
「きょ、距離?」
「ああ。どこかよそよそしかっただろう」
「あ、ああ。あれは……結局俺が悪かったんだ。ソフィが亡くなって、ヒューバートがストラタへ養子に出されて、俺は家を出て騎士学校へ入った。シェリアだけがラントに独り残された。俺はあの頃、自分が力の無い子供だからソフィやヒューバートをなくして、だから騎士となって護る力を得ようと思った。でもそれで、シェリアが独りになってしまうことは意識してなかったんだ。フレデリックも居るし、俺以外に友達が居なかったわけじゃない、と……幼馴染だからと甘えてたんだろう」
 あの時はただ、力を得なければ、騎士とならなければ誰も護れないと、それだけしか見えていなくて。
 誰かを護るだけの力を得なくては、会いに行ってはいけないと思い込んでいて。
 結局それで、きっとラントで待ってくれているだろうと思っていたシェリアを傷つけていたのだ。
 七年。
 面影はあった。けれど一瞬、見間違いかと思うくらいに成長していた姿。親に庇護されるだけの子供が、独り立ちをしていてもおかしくない大人になるだけの、それだけの年月。
「少し分かる気がするよ、彼女の気持ち。僕はラントで君たちという友人を得たけれど、その温かな時間はすぐに消えてしまった。一人王城の私室で目覚めた時、これまでに感じたことのない寂しさが襲った……」
「……リチャード、ごめん。騎士になったなら、その時はと、俺は……」
「責めているわけでは無いんだよ、アスベル。会いに行くことが出来なかったのは、僕も同じなのだから」
 それで、と彼は話を切り上げるように言った。
「王都に急使を出したと言っていたね」
「ああ。デール公に宛てて、お前の無事を知らせる書状を持たせた。恐らく、もう到着している頃だろう。もしかしたら今頃急いでこちらへ向かっているかもしれない」
「そう、なのだろうか……。僕は戻っても良いのだろうか。責任を投げ出すつもりではないが、民を護るべき王が世界を混乱に陥れてしまった。そんな僕よりも、このままデールに王位を渡すべきでは……」
 俯き、苦しげな声で言ったリチャードに、アスベルはその肩に手を置き口を開く。
「だが、デール公は断ると思うぞ。あの方はお前が居なくなった後も、無事を信じ、帰還を願い続けて来られた。フェンデルとストラタへの対応も含め、お前を補佐していくことを選ぶだろう。リチャードが今回の件で責任を感じているのなら、王として出来ることでそれに対する償いをしていけば良いのでは無いか? 勿論、俺は俺の出来ることでお前を助けると約束する」
「アスベル……、有難う」
 親友からの礼に頷いたアスベルは、ちらりと肩越しに扉の方を向いてからリチャードに告げた。
「あまり長居しても怒られそうだし戻るよ。王都から使者なり返事なり、何らかの反応があったらすぐに知らせる」
「頼むよ」
 それじゃあ、と踵を返した彼だったが、しかしふと思いついて寝台の上の友人を振り返る。
「アスベル?」
「分かったら教えて欲しいんだが……。さっき母さんとソフィの今後について話して、俺の義妹として家に迎えることに了承をもらったんだ」
「それは良かったじゃないか。ケリー殿の養子ということになるのかい?」
「ああ。実は娘も欲しかったそうだ。それで、色々話していて俺が居ない間のシェリアの話を聞いて。あいつ、俺とヒューバートが居なくなってから、家のこと色々手伝ったり、親父と母さんを気遣ってくれてたんだ、って。親父も母さんも、口にはしなかったけど娘みたいに思ってたって」
「……それで、君の聞きたいことというのは?」
「母さんが、『出来れば本当になって欲しいんですが』って言ったんだ。俺はシェリアも養子に迎えたいのか、って聞き返したんだけど、そうしたらそういう所が親父にそっくりだって呆れられてさ」
 分からないんだよな、と頭を掻きながら言ったアスベルに、リチャードは苦笑を零した。
「それは……、呆れられても仕方ないかもしれないね」
「そうなのか?」
「シェリアさんがケリー殿の娘になるには、養子以外にも方法があるだろう」
 問われたアスベルは腕を組んで首を捻り、それでも答えが浮かばないのか瞼を落として唸り始めた。一向に答えに辿り着かない――しかしそれがアスベルらしい、と思ってしまったリチャードは苦笑を深める。
「ケリー殿の子供と結婚すれば、義理の娘になるだろう」
「母さんの、子供……と?」
「血縁上はヒューバートも対象になるだろうけど、彼はもうオズウェル家の跡取りだからね。そうなると……」
 意味有り気に言葉を切ったリチャードに、ようやく「答え」の一端を見つけたアスベルは目を瞠ったまま硬直した。
「アスベル。君はラントの領主として、未来を継ぐ者を得る義務を負う。まだあと数年は、アストン殿の喪に服すという意味や、領主としての勉強を優先させるという名目で猶予が利くかもしれないが……、成人すればそうもいかなくなる」
「リチャード……」
 どこか情けない顔で己の名を呼んだ友に、友であり主たる国王でもある彼は微笑を浮かべたまま告げる。
「少し考えてごらん。その時に、君の父上を支えたケリー殿のように、君を支える女性はどんな人なのかを」


Delicatezza
優雅な微笑と共に投げかけられた問いに、浮かんだ姿は――。
ED後の連作「Andante/Crescendo」の第一弾、「Andante」の二話目です。予告通り陛下のご登場。この人はラムダが抜けて狂気さが消えたら後悔し切りなんだと思います。でもきっと、彼は強い子だからあのエピローグに繋がるんでしょう。タイトルの「Delicatezza」は「優雅さ、繊細さ、上品さ」という意味を持つ音楽用語です。リチャードの雰囲気に合わせてみた。次回はようやくシェリア登場〜、の前に仲間たちが出てきます。
[脱稿:10'1.18 掲載:10'1.21]


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