紙面の上を走るペンの音が響く広い執務室。現在その部屋の主である青年は、署名をした後に取り出した印を押す。
「ふぅ……」
印章を引き出しの中に戻し、紙面の内容を確認してから息を吐いた彼は、固まっていた肩を解すように軽く首を回した。
「少し、休憩するか」
呟いて、最近独り言が多くなったなと苦笑する。
旅をしていた頃は、いつだって誰かが傍に居て賑やかで。けれど今はソフィを除いた者たちはそれぞれやるべき事を見つけて、それぞれ違う場所で頑張っていることだろう。
ヒューバートはストラタで、パスカルとマリクはフェンデルで。
「…………シェリアは、今はどこに居るんだろう」
救護使節として旅に出た彼女の目的地は、治療を必要とする人々がいる場所であり、故に明確な行き先は決まっていない。
しかし国勢などを考えれば、フェンデルのベラニックを中心に各地を訪問するだろうと出発前に聞いていた。
先の騒乱を境に、それまで明確にではないものの他国に対して強行姿勢を取っていたフェンデルは軟化の様相を見せるようになった。いずれは正式に友好条約を締結することになるだろう、とリチャードから聞いていたものの、情勢が安定しているとは言いがたく、また繭から出てくる魔物の被害も未だ各地で報告されていると言う。人の住む街近くでは、国の組織する軍隊や騎士隊、或いは民兵により守りを固められているが、道中はそうもいかないだろう。
アスベルは己の両手を見下ろした。
かつてソフィに助けられ、その際に分け与えられた光の力。それは勿論、あの時にあの場に居たシェリアも同じこと。七年ぶりに再会してから、幾度と無くその癒しの力と聖なる白い雷により助けられた身として、彼女の力を疑うことは無い。
それでも。
「……シェリア」
危険な目に遭っていないだろうか、元気にしているだろうか。
『アスベル』
その笑顔を――曇らせては居ないだろうか。
「…………しっかりしないと、帰ってきた時に怒られるな」
領主としてはまだまだ勉強不足なのだ。
いつかシェリアが戻ってきた時に、がっかりなどさせたくない。自分の夢を見つけて、一歩先を行く彼女に少しでも追いつく為に、立ち止まっては居られない。
僅かに瞑目した後、彼の青と淡紫の瞳が映したのは、印章の朱肉が乾いた書類。
アスベルはそれを決済を終えた山の一番上に置いて、まだまだ高い決済待ちの書類の山へと手を伸ばした。
少しずつでも、一歩ずつでも、前に進む為に。