SS「隠し味は一つだけ?」



「皆、夕食が出来たわよ」
 決戦へ挑む前に、武器や防具の見直しや心残りを解消する為に設けられた日程。
 シャトルによって世界中どこの街であっても行き来が気軽に出来るようになったが、それでも遺跡から出て辺りが既に真っ暗となれば、そうもいかなくなる。
 シャトルは飛行の際にかなりの音が響く。離着陸でもそれは同じだ。であるから、静かに眠っている住民を起こさぬようにするには街から離れた場所で降りなくてはならないし、それならば無理に移動せずに野宿をした方が良いだろうということになったのだ。
 野宿と言っても、雨風はシャトルの存在によって心配は無い上、シートは可動式なので完全に平らにとまでは行かないまでも、楽な姿勢で休むことも可能である。
 ただ火を使うともなれば内部でとも行かない為、シャトルの傍に木を組んで火を熾し、そこで調理を行っていた。
 仲間達の中でも一番の腕を持つシェリアが担当した今夜の夕食は、匂いから既に判明している。
「カレー、ですか」
「何よヒューバート、不満?」
 ちらりと、皆が揃ってからと今正にカレールーをライスの上に掛けていたシェリアを見て言ったヒューバートに、彼女は少しだけ彼を睨むように言った。
「いいえ。ただ、甘すぎるのは勘弁して欲しいと思いまして」
「いいじゃないか。辛すぎると味が分からないだろ」
「味が分からないくらい辛いのは確かにそう思うが、な」
 眼鏡を押し上げながらシェリアに返したヒューバートに、甘口が好きなアスベルがこう言ったが、マリクは弟の方を肯定するような意見を口にする。
「心配しなくても、ちゃんと甘口と中辛の二種類作ってあります。アスベル以外は中辛で良かったでしょう?」
「オッケーだよー。あ、シェリア、福神漬け少し多めでね〜」
「はいはい。ソフィも中辛で良かった?」
「うん。あのねシェリア、次はカニタマが良い」
「ふふ、分かったわ。それじゃあ、今度はソフィの好きなカニタマね」
「うん、カニタマ!」
 ヒューバートとマリクに渡した後、パスカルとソフィにも続いて皿を手渡し、そして最後に小さな鍋に作り置いてあった甘口のカレールーを掛けた皿をアスベルに手渡したシェリア。
「それでは、頂くとするか」
 マリクの声にそれぞれの声が唱和した後、スプーンを手にして食事を始める一同。
 シェリアの料理の腕はそこらの料理人に負けないものではあるが、中でもスパイスから作られるカレーは彼女のレシピでも一二を争う美味しさである。
「……あれ?」
 どこか違和感を覚え、スプーンを運ぶ手を止めたアスベルにソフィが小首を傾げた。
「……アスベル?」
「あ、いや。シェリア、スパイスの配合……変えたか?」
「変えて無いわよ。隠し味は変えてみたけれど」
「ああ、だから、なのか」
 なるほどと納得してスプーンを運んだアスベルに、パスカルはスプーンをくわえたまま言う。
「べふに、そふはにははらはいほほほふへほ」
「パスカルさん、行儀が悪いですよ。それに何を言っているのか全然分かりません」
「あのね、『別に、そんなに変わらないと思うけど』だって」
「……分かるのか、ソフィ」
 そのやり取りには構わず、黙々とスプーンを運び始めたアスベルを少しだけ不安そうに見やったシェリアが問い掛けた。
「美味しく、無い?」
「いや、そんなことない。いつもと少し違うけど、これも美味いよ」
 手を止めて答えたアスベルに、シェリアが柔らかく微笑する。良かった、と小さく呟くその姿を見て、青年は思わず目を瞠る。
「……アスベル?」
「え、ええと……。結局、何を使ったんだ?」
「……教えたら隠し味にならないでしょ。だから内緒」
「そうだけど、それなら俺には作れないじゃないか」
「どうしてもって言うなら、作ってあげるわ。一年に一度、ね」
「一年に一度?」
 何でだ、と首を傾げるアスベルから視線を逸らしたシェリアは、にやにやとする大人二人を見つけた。
「なるほど、な」
「どーりで夜食用のが少なくなってたわけだ〜」
「夜食って、そういうものを使ってたのか?」
「ちょ、パスカル……!!」
「んー。教えてあげるのはやぶさかでは無いんだけど、シェリアに怒られて今度バナナパイを作ってもらう約束が無くなったら嫌だし」
「俺も無しだな。そういうことは自分で考えるものだぞ、アスベル」
「…………分かりました。でも、一年に一度は作ってくれよな、シェリア」
「え、あ、うん。任せて」
 にっこりと笑ったシェリアに、頷くアスベル。
 二人を見ていたソフィは不思議そうにヒューバートを見上げて尋ねた。
「ねえヒューバート、アスベルには内緒にしなくちゃ駄目なの?」
「ええ、まあ。しないとシェリアに恨まれそうですし。ソフィもカニタマを作ってもらえなくなるのは困るでしょう」
「うん、こまる」
「ですから、知らないふりをしていてください」
「分かった。チョコレートが減ってることはアスベルには言わないでおくね」


隠し味は一つだけ?
本当は、あなたを想う気持ちも込めたのよ、と囁くことになったのは数年後。
バレンタインの短編でした。アスシェリを前提に家族を絡めて。私の運営するサイトは私が起きている限り「今日」なのです。(言い切った) カレーに隠し味は色々ありますが、折角なのでバレンタインがらみでチョコにしてみました。いつか隠し味を教えた未来の話も書きたいものです。
[脱稿:10'2.12 再録掲載:10'2.14]


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