【ED後/下町の下宿にて/ユリエス/掌編】
「……エステル」
「はい。何です、ユーリ?」
振り向いて小首を傾げた彼女が身に纏うのは、白のネグリジェ。
「普通のパジャマは無いのか」
「……? 普通ですよ?」
これを普通と言わないで何を普通と言うのだろうか、そんな表情で小首を傾げたままユーリを見つめるエステルに、青年は抑えきれない溜息を漏らした。
旅をしていた頃はよく一行が同じ部屋に寝泊りした。だから夜着を纏う姿を見たことがないわけじゃない。
しかし今、彼女がその身に纏うのは、その頃に着ていたものより、薄い、確実に。
(これでわざとじゃねぇって言うんだから、性質が悪いぜ……)
白く薄い――しかも夜着とあってゆったりとした形状のそれは、元々白い肌すら透けて見えそうで、そしていつもよりその身体の稜線を鮮明に描き出すという、これを目の前にした青年にとって見れば拷問にも等しい姿を生み出している。
しかも、未だに彼の相棒は帰宅していない。その気配すら感じられない。
思わず、据え膳、という言葉が脳裏を過ぎる。
確かいつか誰かが言っていた……、恐らくはレイヴンだろう、諺だ。
青年はぐっと息を詰め、そしてゆっくりと吐き出す。
「ユーリ?」
「…………洗い変えも全部そういうの?」
「いいえ? これは先日、ジュディスがこんなのはどうかしら、ってくれたものです」
可愛いし、折角なのでこれにしました。と、嬉しそうに笑みながら裾を摘み上げて見せたエステル。白い指先が摘み上げるひらりとした裾からさっと視線を逸らしたが、しっかりと目に焼き付いた白い足。
ユーリはひくつく口元を自覚しながら、もしかしたら狙ってやったんじゃないだろうか、と贈り主のクリティアっ娘を内心で睨んだ
が、記憶の中ですら彼女はその微笑を崩さない。それが余計に腹立たしい。
「ここは城と違うから、夜は冷えるし、明日は違うのにしろよ」
「そうなんです? 分かりました。体調崩したら折角のお休みなのにもったいないですから」
彼女の体調よりも自分の理性の為に言ったユーリだったが、しかしエステルは素直に頷く。
安堵の溜息を漏らした彼は、さっさと眠るに限るとばかりに一つしかない寝台を指差した。
「ほら、寝ろ」
「はい」
青年が促すままに寝台に腰掛けた彼女は、しかし小首を傾げて彼を見上げる。
「ユーリ?」
「何?」
「ユーリは寝ないんです?」
足を上げて、壁際に寄った彼女が意図する所は、一緒に寝ろと、そういうことなのだろうか。
一瞬、比喩でも何でも無く硬直したユーリは、絞り出すように答えた。
「………目が冴えてるから、まだ、いい。先に寝てろ」
「そうなんです? ……分かりました。おやすみなさい、ユーリ」
「……ああ、おやすみ」
声を返して、静かに窓辺に歩み寄って腰掛けた彼は、やがて聞こえてきた安らかな寝息に、細く、深く、何度吐いたか分からない溜息を漏らす。
「……あの天然殿下、まさかこの状況を見越してたんじゃねぇだろうな。……喰うぞ、こら」
顔に似合わず、腹に一物を持つ次期皇帝はきっと、あの微笑で「どうぞ召し上がれ」くらい言いそうだ、と容易に想像出来てしまい、揃いも揃って曲者ばかりの知人達が作り出したこの状況に、何の苦行だと小さくぼやくのだった。
*なんちゃって同居シリーズの「7.事情」のその夜。で、「57.眠れない」へ続くわけなのです。