【ED後/下町の若者視点/ユリエス/掌編】
彼女はいつも、とても嬉しそうに駆け下りてくる。
貴族街から市民街へ、それから下町へ続く坂道を軽やかな足取りで。
そうして目指すのは、下町の有名人の下宿先である宿の二階。時間も日も不定期で、数日姿を見かけないと思えば数日続けて姿を見かける日もままあった。
ある青年が水道魔導器の魔核を取り戻す為に下町を出て、世界から魔導器が消えた後に良く見られるようになった光景だ。
そう言えば、ハンクスじいさんが言っていた気がする。彼女は青年が帝都を飛び出したその時、共に行き、そして共に戻ってきたのだと。
「こんにちは」
度々下町を訪れ、かつ下町の有名人の知り合いとあって顔見知りになった者も多いのだろう、彼女は良く挨拶をされては笑顔でそれに返している。しかし訪れた彼女を引き留める者は居ない。誰の元に会いに来ているのか知らない者は居ないし、今や帝都を飛び出して世界を飛び回っている青年との逢瀬を邪魔しようなんてとんでもない、と井戸端会議をする主婦達が熱弁していたことを思い出す。
軽い足音を響かせて、小走りで真っ直ぐに宿を目指していた少女が珍しいことに途中で足を止めた。そして、満面の笑みを浮かべて再び走り出した。
「ユーリ!」
階段を駆け下りて、その先に居た黒髪の青年――下町の有名人に飛びつくように駆け寄った少女に、予想していたのか軽々とそれを受け止めて地に下ろした青年は、まったく、と言いながら彼女の額にデコピンを喰らわせる。
「っ、痛いです」
「痛くしたの。前に階段踏み外しそうになった時に言っただろ、走るなって。オレが居たから良いものの、居ない時だったら下手すれば結構な怪我するぞ、あんた」
「そ、それは、その……。ごめんなさい」
「……まあ、そこで治癒術で、何て言い出さないみたいだから、オレが何で怒ってんのかも理解してるんだろうし、これまでにしとくけど」
「はい……」
耳があったら確実に垂れていそうなくらいに意気消沈とした様子に、青年は一つ苦笑してから彼女の頭を撫でた。
「まあ、会いに来てくれたのは嬉しいけど」
「ほんとうです?」
「あんたの持って来てくれる茶菓子はさすがに美味いからな」
「…………ユーリ、意地悪です」
むぅ、と一転して頬を僅かに膨らませて拗ねた彼女は、しかし続いた青年の言葉にその顔を微笑へと変えるのだ。
「と、忘れてた。ただいま、エステル」
「はい。おかえりなさい、ユーリ!」
いつも微笑みを絶やさない印象の彼女が、彼だけに向ける笑顔で。駆けて来たことで上気した頬を、更に鮮やかな薔薇色に染めて。
*下町に住むとある若者(微片想い)視点でのユリエス。