「……ん」
不意に目覚めた彼女は、柔らかい枕とは違う感触――けれどとても馴染んだ高さのそれに気付き、ゆるりと瞼を持ち上げた。
すると目の前は夜明け色。
「起きちまったか」
「ユー……リ?」
「それ以外の誰かに見えるか?」
に、と口の端を持ち上げて笑う顔に、エステルはふふと微笑した。ああ、間違いなく「彼」だと。
「お仕事、終わったんです?」
「ああ。予想外のことがあってちと長引いたが、無事な。カロルとジュディは宿だ。二、三日はハルルでゆっくりしてくと」
「それなら明日会えますね」
世界を飛び回るギルド凛々の明星。一人で依頼を受けることもあるが、それは一人の手で余らない程度のものであり、やはり基本は三人で受けるのが当たり前である。ギルドの本拠地――とは言えこじんまりとしている――はオルニオンにあり、首領カロルとジュディスは現在こちらに居ることが多い。
ただ、様々なことを乗り越えて夫婦として生きることとなり、ユーリもエステルが住んでいたハルルへと居を移してからは、ハルルが支部のような雰囲気となっていた。
ユーリがお出かけしている間に、色んな依頼があったんです。そう続けたエステルに、青年は苦笑を返す。
「帰って早々に仕事か?」
「皆さん困っていらっしゃいましたし……、駄目です?」
「まあ、ウチの首領もジュディも嫌とは言わねぇだろうけど。せめて明日――じゃなくて今日だな、今日くらいはエステルと過ごしたいと思って、バウルに頑張ってもらったんだがな」
彼の言葉にエステルは瞳を瞬いた。そうだ、深更も過ぎて既に残更の頃だ。現に彼女を見つめる夫は、彼女の後ろにあるはずの窓を覆うカーテンの隙間から差し込む薄明にぼんやりと照らされている。
霞掛かっていた思考がスッと晴れたかのように、そのことを思い出した彼女は瞳を大きく見開いた。その表情の様変わる様子を余す所無く目にしていたユーリは、遠慮なく吹き出した。
「っ、わ、笑わないでくださいっ。少し、寝惚けてたんです」
「そうだな。可愛かったぜ?」
「……ユーリ、意地悪ですっ」
ふい、とコロリと頭を動かして背を向けると、彼女が枕にしているのとは反対の腕が引き寄せるように腹部に巻きついた。
「悪かった。久し振りだからな、調子に乗った」
「……ユーリはいつもそうです」
けれど、それでも心底怒ったことは無いのだ。
ふ、と緊張させていた力を抜いて、されるがままに青年の胸に背を預けたエステルに、ユーリは薄闇でどこか艶めいたように見える彼女の髪に顔を埋める。
「一年だな」
「……はい。もう、一年です」
くすり、笑ってもぞもぞと動いた彼女に、腕の力を緩めてやると再び向き合う二つの双眸。
「おかえりなさい、ユーリ」
「ただいま、エステル」
いつか約束したその挨拶を、何日かぶりに交わして。
それから夜闇の中、いつの間にか当たり前のように帰ってきていた彼は毛布の中から彼女の左手を掬い上げて、銀の輝くその指に唇を落とした。
「それで、今日も仕事に行かなきゃならないんですかね、姫様?」
「……困っている人の助けになってほしいです、けど、……行かないで欲しい、ですよ?」
「んじゃ、今日はカロルとジュディに頼むか。まあ、見逃してくれるだろ、今日は」
「その代わり、二人でご馳走作って労いましょうね、ユーリ」
「ああ。明日な」
そうして耳元で続けられた彼の言葉に、薄闇の中でもハッキリと分かるほどに頬を鮮やかに染めた彼女は、けれど時間に逆らうように下りて来た彼女だけの闇に任せるように、新緑のその瞳を瞼の奥に隠した。