資産運用 endless world


※これは「もし対エステル戦でエステルが勝っていたら」の話であり、ユーリの死にネタともなっています。最後までご覧頂くと実は、な話なのですが、苦手な方は窓を閉じてください。


「これ以上、誰かを傷つける前に……」
 自分なのに自分で無いような、けれどほんの少し自分の中で渦巻く「ちから」が弱まれば確かに自分は自分なのだと思えるような、中途半端なようで、その実どんな拘束や拷問よりも酷い方法で縛されている。
 はっきりしている視界。そこには、皆が映っている。
 短剣を銜えて姿勢を低くしているラピード、出会った頃よりもずっとしっかりと重そうなハンマーを持つカロル、唇を噛みながら鮮やかな帯を握り締めて見ているリタ、特殊な軍弓を構える事はしないまでもいつでも矢を取れるように立つレイヴン、槍を構え静かにしかし鋭く見据えているジュディス。
 そして。
「エステルっ!!」
 霞掛かった意識の中、見えない糸に操られる人形の如く動かされる。それでも何とか自分の意志で紡ぎ出した声は、決定的な一言を発する前に遮られた。
 エステル。わたしの名前。今は、両親が名づけてくれた「エステリーゼ」と同じくらい大切な、もう一つのわたしの名前。
 驚いたり、嬉しかったり、哀しんだり、楽しかったり。良い事も悪い事もいっぱいあった旅の中、初めて得た「宝物」だ。
「ユー……」
 わたしは今、その「宝物」をくれた彼に剣を向けている。
 闇をそのまま移したような黒い髪。時に鋭くも、けれど柔らかな様を見せる夜明け前の宵闇のような瞳。切っ先こそ向けられていないけれど剣を持つその左手は、肉刺が出来て少し硬くて大きくて温かい事をわたしは知っている。
 ああ、それなのに。
「煌めいて、金容の力」
 見えない糸は彼の名を呼ぶ事も許さないとばかりに、術式の力を引き出すその言葉を紡がせる。
「フォトン!」
「っ!」
 咄嗟にエアルを纏って集まって弾けた光の力に耐えたその姿に安堵しながら、自由にならない体はその隙を狙うように駆け出す。
 帝都を出てからずっと見てきたから、ずっと傍で見てきたから、剣の腕では彼に及ばないわたしでも一瞬の隙が分かっている。一緒に旅をしていた時にはそれが幸運に働く事が多かったけれど、今となっては不幸でしかない。
 そして。
「……、は」
 何かを斬る、貫く感覚は知っていた。結界の外へ出たわたしは幾度と無くそうした感覚を望む望まないに限らず得てきたから。
 けれどこんな、こんな感覚は、知りたくなかった。
「エス、テル」
「あ……」
 結局はわたしの心で揺らめく力は、最大級の衝撃によってそれまでどうやっても斬れないと思っていた操り糸をあっさりと断っていた。
「いつか、お前は、俺が剣を向ける時は、自分が、悪いっつってた、けど、……これは、違うから、な」
「ああ……」
「そういや、返さなくちゃ、な」
 遠くから皆の声が聞こえる。
 どれも、本当に心配そうに、悲痛な声で、ユーリを呼んでいる。
「ああ、あ……」
 す、と左の耳を出すように彼の右手が掠めると、そこには以前わたしが渡した母の形見の髪飾りが。
 触れた指先が、冷たくなっていくのが感じられた。カシャン、響いた金属音。そして腰に回された彼の左手。一瞬だけ力が込められた後、すぐに、その優しい拘束は解かれた。
 密着していた体から確かに伝わってきていた鼓動が――消えた。
「いやぁあああ…………!!!!」
 今なら蘇生術だって使えるだろうけど、きっと世界はもう耐えられない。ユーリが生き返っても世界は滅びてしまう。現にほら、さっきまで何らかの力で抑えられていたわたしの力と周囲に漂うエアルは、枷を失くして飽和に向かっている。
「いや、です……」
 満月の子、星喰み、エアル、世界。
 何も、何も知らなかったあの頃に――ユーリと一緒に城を出た、あの頃に戻れたなら。
 戻れば。
「あ……」
 全てはエアルから出来ている。大地も、水も、風も、火も、魔物も、動物も、わたしたち人間も。
 そして空間も、時間も。
「カロル、リタ、レイヴン、ジュディス、ラピード……」
「エステル!? あんた意識が……!」
「わたしはきっと何も知らないわたしになって、皆ともまた『はじめまして』から始める事になるんです」
「何を、言っているの?」
「ワン!!」
「でもわたしは、ユーリを亡くしたくない。今までの何もかも引き換えにしても……わたしは」
「嬢ちゃん!?」
「エステル、あなた、まさか……!?」
 盾を捨てて、もたれかかる彼の体を抱きしめて、肩口に乗せられた彼の黒い髪に頬を寄せる。
「わたしの中にある力よ、どうか、あの時に――戻して」


「やっぱり帰るか?」
「え?」
 結界の外の世界。魔物が居る危険な場所。けれどそこはお城の中から見る、切り取られた世界ではなくて。
 目の前に広がる光景に思わず瞬きも忘れて見惚れていたわたしは、すぐ隣から聞こえてきた声に瞬きをして視線を上げた。途端に目尻から零れ落ちて頬を伝い落ちる雫。
「あれ? なんででしょう?」
「気付いたら目に涙溜めてるんだからな。やっぱり外の世界が怖いのかと思ったんだが……、そうでもなさそうだな」
「は、はい。どうしてでしょう……。でも、良く分からないですけれど、これは嬉しいから、なんだと思います」
 指先で涙を拭ってから言って、そうだとばかりに頷くと、黒髪の青年は不思議そうな顔をした。
「外に出られて、か?」
「はい。……いいえ、やっぱり違います。でも、嬉しい、です」
 フレンに危険を知らせる為に出てきたのに、今は何故かその焦燥も遠く、ただほわほわとした幸福な気持ちが胸を満たす。
「ま、いいか。行くぞ」
「はい!」
「ワン!」


endless world
 ここからはじまる、ふたたびここから。
 
そしていつかまた、ここから。
 
おわらないせかい。
すみません。よりにもよって一番最初に書き上げたTOV創作がコレです。でも書いてみたかったのも本音。
エアルが全てを形作るなら、全ての術式を自在に組み替える力のある満月の子ならこういう事も出来るんじゃないかなーって。で、密かに始祖の隷長たちだけはその時が近づくにつれて「おもいだし」たり。
止めないのは、ある意味これで世界は壊れないから。そんな裏話。ある意味これって逆行ですかね。
この「おわらないせかい」に幸せな「おわり」が来る日の事をいずれ書きたいなと思ってます。
[脱稿:08'9.5 掲載:08'10.1 レイアウト修正:08'10.9 注意追加:08'12.29]


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