※これはIFの世界「endless world」シリーズの、「終わりなき閉じた世界」の「終わり」の物語です。独自設定および、描写に若干ですが死をイメージさせるものが御座いますので、構わない大丈夫とご了承頂けた方のみどうぞ。
何度、何度となく。
まるで「何者」かの「意思」が働いているかのように。
「終わらせる、これで……」
繰り返される、終わり無き閉じた世界。
それを、終わらせる為に。
五年前から皇帝不在の玉座がある、静かな謁見の間。そこから、帝国を包む結界魔導器である「御剣の階」へと出る扉を前に、黒髪の青年は呟いた。
ぐ、と宙の戎典が納められた鞘を下げる革紐を握り込んだ彼は、肩越しに振り向いて自分を見つめる五対の瞳を見つめると小さく頷く。
「行くぞ」
しっかりとした頷きが返され、彼は壮麗な装飾が施された扉を改めて見つめ、右手でゆっくりと押し開けた。
帝都に潜入した時に感じた、重苦しい程の――嵐と言っても良いかもしれない濃いエアル。城内は嘘のように静寂に満ちていたからこそ、その差異に彼らは眉根を寄せた。
巨大な剣を取り巻くように上へと延びる螺旋通路。
「何度、登ったのかしらね」
濃いエアルに眉根を寄せ、顔を上げて切っ先付近へと視線を剥けたまま口を開いたリタ。苦々しい口調で吐かれたその言葉に、レイヴンがおどけたように口を開いた。
「さぁねぇ。おっさんが『思い出した』限りだと、両手両足は軽いと思うけど」
ひいふうみ、と古い数え方をしてみせながらもあっさりと――しかしエアルの影響で苦しいのだろう、いつもよりも少し苦しげに――言った男。
「え、そ、そんなに!?」
ボクは断片的にしか覚えて無いから、と驚いた後にしゅんとした少年。
「夢見の良いもんじゃないし、それでいいんだって。青少年の成長に悪影響が出るし」
ぽん、と苦笑しながら落ち込んだ首領の頭を撫でたユーリに、そうねとジュディスも頷いた。
「今、オレ達がこうして『分かって』るのは、繰り返してきた中での『オレ達』がそう願ったからだ。本当なら次が無いのが当たり前だが、これまでオレ達には次があった。――けど、こんなのは普通じゃねぇ」
「ええ。閉じた輪、繰り返す無限の世界。それを壊す機会はきっと、これが最初で最後ね」
これが何かの意思の元に為されていることだと言うのなら、二度目は訪れないだろうから。
ジュディスの言葉にリタは小さく吐息を漏らす。
「……こんなの、冗談じゃないわ」
「……うん」
「ワフ」
「青年、おっさんちょーっと辛いけど頑張るから、早くお迎えに行きましょ」
「あら大変。さ、行きましょう、ユーリ。あの子を――エステルを助けなくちゃ」
頷いて、ユーリは頂上へと続く螺旋通路を上るべく一歩を踏み出した。
辿り着いたその場所で起きたのは「分かって」いても繰り返されたことばかり。
意思を奪われ操られたエステルが止めようとする一同を打ちのめしたのも、アレクセイが聖核と満月の子の力を利用して、秘められていた古の遺跡を呼び起こしたのも。
打ちのめされた痛みと、濃いエアルの影響と、そのどちらも原因なのだろう重い体に鞭打って身を起こしたユーリは、剣と盾を構えて相対する少女を見つめた。
終わり無き世界の序章はいつも此処からだ。
倒れた仲間達の前で、剣を手に相対する二人。
「エステル……!」
ユーリの上げた声に、濁って光を失った少女の瞳が一瞬正気を取り戻したようだったが、それによって解かれかけた構えはすぐにまた元に戻った。
そして駆け出した彼女は、速さを乗せた一撃を繰り出す。
ギィン、と宙の戎典でエステルの剣を受け止めた青年は、そのまま力を緩めずに居る少女を見つめながら、小さく舌打した。
このままでは、多少の差異はあれど繰り返してきた同じ「終わり」を迎えて、そしてまた「始まって」しまう。
(何か、何か無いか……!)
青年が完全に「思い出した」のは、ハルルをラピードと共に出てクオイの森の中で休憩をした時のことだ。手荒く仲間達の洗礼を受けた後、これまで度々あった「違和感」がカチリとどこかにはまり、欠け落ちていた記憶が一本に繋がった。
しかしそれでも膨大な――そう、とてつもなく永い終わり無き閉じた世界の繰り返してきた記憶と想いのごく一部。仲間達も、ユーリが鍵だったのだと言うようにその時に「思い出した」ようだったが、その量と鮮明さは青年に及んでいない。
「これ以上、誰かを傷つける前に……」
ぐ、と刃を受け止めた宙の戎典に力を込め、弾き返そうとしたユーリは、その言葉を聞いた。
「……殺して」
操られては居ても、彼女に意識が無いわけでは無い。
ふとした時に拘束する力は弱まり、それが揺らぎを生んでエステルとしての自我を浮上させる。
今の、この時のように。
(これじゃ……!!)
名を呼ぼうと、眉を寄せながら口を開きかけたユーリは、白昼夢に誘われた。
これまで、何度も何度も断片をこうして見て、その度に忘れて。けれど今は今と重なる記憶だからか、それともこれも何らかの「意思」が働いているのか酷く鮮明で。
――紡がれる光の魔術。エアルを纏ってやり過ごす自分。その最中に飛び込んできた少女。貫かれる熱さ。受け止めた細い体。その衝撃で自我を取り戻した彼女。ふと思い出して預かり物を返す自分。剣を捨て最期の力で少女を抱き締め……息耐えた自分。そして、少女の秘めたる力によって巻き戻される世界、繰り返される始まり。
このままでは、その「記憶」が確実に繰り返されるだろう状況だが、それによって「思い出した」彼は、そうはさせない、そうはならないと確信を持ちながら音を立てて合わせられている刃を圧し返し、少女を弾き飛ばす。
よろめいた少女が態勢を取り戻すその前に、青年はそれを取り出した。
「エステル、これを見ろ!!」
「……っあ、そ、れは……!」
「あんたが、どうしようもならなくなった時に返す、そう言って預かった」
砂漠の街で、かつて報酬として手放そうとして、その後に本人から母の形見だと聞いて自分で持っていると甘えてしまうからと、預かると言って受け取った花の髪飾り。
「あ、あぁ……」
「帰ってこい。エステル!」
びくり、肩を揺らした少女の瞳に、ぼんやりと光が戻った。
「おまえはそのまま、道具として死ぬつもりか!?」
カシャリ、少女の手の中から滑り落ちた剣が音を立てて落ちた。
仲間達がはっとする中、彼女の口から言葉が漏れる。
「わた……、わたしは……」
淡く燐光のようなエアルがエステルの周囲に沸き起こる。ふわり、ふわり、揺れていたそれは、突風のように吹き荒れた。
「わたしはまだ人として生きていたい!!」
暴風のようなエアルは帝都を覆っていた多量のエアルを吹き飛ばし、それまで赤く染まっていた空が本来の蒼さを取り戻す。
まるでそれは、彼女が自我を取り戻したのと同じようで。
だが喜んだのも束の間、エステルを捕らえているアレクセイのシステムはまだ完全に断たれたわけではなかった。これまではある意味安定していたそれも、要となるアレクセイの剣が本人と共に消え去ったことで暴走し始めていた。
「リタ、この剣で!」
アレクセイが複製しようとしていたのは宙の戎典。それが今、ユーリの手の中にある。
「みんな、もう……!」
必死に自らの力を押さえ込もうとするエステルの苦しげな声に、ユーリは彼女を安心させるように笑んで口を開いた。
「言ったろ。信じろって。凛々の明星はやるときゃやる。そんな顔するなって」
「……はい!」
にこり、辛そうではあるものの笑み返した少女にもう一度笑い返し、青年は仲間達を見回した。
リタの合図で剣を掲げたユーリは、体から抜けていく「力」を感じながらも、エステルを見つめ続け――そして。
――いつか、お前は、俺が剣を向ける時は、自分が、悪いっつってた、けど、……これは、違うから、な。
――あんたと会えて、良かったよ、エステル……。
――わたしも、です。もし、この世界が続いて、また、生まれたなら……、会いたい。
――「わたしはきっと何も知らないわたしになって、皆ともまた『はじめまして』から始める事になるんです。
――冗談じゃ、ねぇ。何もかも、巻き戻して、たまるか……!
解き放たれる。
剣を放り投げ、落ちてきたエステルを両手を広げて受け止めたユーリは、そのまま床に倒れ込みながらも彼女を手放さなかった。
年少の少年が嬉しそうに声を上げるのをどこか遠くに聞きながら、青年は抱き留めた温もりが本物であることを実感しつつ口を開く。
「……おかえり」
「……ただいま」
やっと、言えた。
やっと、聞けた。
ずっとずっと「今」を知らずに繰り返してきた「自分達」が、何かに逆らうように残し続けていた欠片。砂粒のようなその記憶は、降り積もっては払われ、また降り積もって――そして、「今」を手に入れる為の力となった。
まるで役目は終えたとばかりに、それまで「憶えていた」記憶がゆっくりと薄れていくのを感じながら、青年は今度こそとばかりに一度懐にしまいこんだそれを取り出す。
右手で少女の髪を掬い上げ、耳に掛けるようにしながら、預かり物の髪飾りを飾った。
「やっと、返せた」
「ユーリ……、わたし」
「似合うぜ、エステル」
その言葉に、淡く頬を染めて笑う少女に青年は笑みを深め、消え行く「記憶」に感謝を贈る。
ここからは未知。
けれどそれこそ本来の生き方というもの。
終わりの無い終わりと始まりはもう無く、始まりは過去にあり、終わりは自分達次第だがずっと先にあるものとなった。
「ありがとな」
「わたしも、ありがとうございます」
互いを見つめて、「それまでの彼ら」に感謝を。
ここから続く、新しい時を歩む決意を込めて――。