仕出し sip 恋のアン・ドゥ・トロワ 2.手を繋いでもらいましょう



 ――手を繋ぐこと。それは簡単なようでとても難しい行為。けれどそれは相手に近づく為の第一歩です。既に手を繋いだことがあっても、恋人という意識で改めて手を繋いでみれば、新しい発見があるかもしれません。


 必要な道具の補給にと立ち寄ったダングレスト。一行が定宿としているアルクトゥルスに向かっている最中、エステルは昨夜読んだ一節を心の中で繰り返した。
(でも、どうすれば良いんでしょう)
 先を歩く黒髪の青年に視線を向けた彼女は、後姿から見て取れる状況に小さな溜息を漏らす。
 左手には剣を、右手には荷物を持つ青年の手は見て明らかにふさがっていた。
 この状況では、例え勇気を出して率直に願い出たとしても叶えられそうに無い。別の機会を探した方が良いのだろう、そう思いながら一人、次こそはと決意を固めていたエステルは、不意に呼び掛けられて肩をびくりと揺らした。
「エステル」
「は、はいっ!」
 その過剰な反応に、ユーリは瞳を瞬いた後に小さく吹き出した。
「何考えてたんだか知らないが、どうせなら宿に着いてからにしたら? 置いてくぞ」
「あ、はいっ。ごめんなさいっ」
 言われて見れば、ユーリが立ち止まっている更に先で仲間達が立ち止まってエステルを見ているのが見えて、彼女は慌てて青年の元に駆け寄る。
 ユーリに追いついたところで二人並んで歩き出すと、青年は前を向いたまま彼女に問うように声を掛けた。
「溜め込む前に言えることなら言えよ?」
「あ、はい。悩みごとじゃないので、それは平気です」
「ふぅん?」
 見上げれば、青年は言ってみろと促すような目を向けている。言ってみても良いんでしょうか、とエステルは思いつつも、躊躇いがちに告げた。
「手を」
「手?」
「はい。ユーリと、手を繋ぎたいと、思って」
 そして視線を落とした彼女は続けた。
「でも、今は両手が塞がってますから、今は無理で、今度お願いしようかと思った所だったんです」
「…………」
 ほう、と言いたいことを言えた安心感から安堵の吐息を漏らし、それから再び視線を上げたエステルは、青年を見上げて小首を傾げながら言う。
「あの……。駄目、です?」
 すぐに返ってこない声に、不安そうに眉尻を下げた彼女の様子を見て、ユーリはと言えばどこか苦笑したように口元を持ち上げた。
「そうじゃないって。あんたはいちいち駄目か、って聞くけど、よっぽどのことじゃない限りオレが駄目って言うことは無いから」
「そう、なんです?」
「そうなの。全くの赤の他人ならともかく、オレとエステルは彼氏と彼女なんだし。違う?」
「い、いえ。そう、ですよね。でも……我侭じゃないです?」
「こういうのは我侭とは言わないの。我侭でも、こういう可愛いのは歓迎するけど?」
 に、と笑った彼は、右手に下げるように持っていた荷物を、ぶん、と遠心力をつけてから放り投げた。
「おっさん!」
「はい? って、うぉっと!?」
 どす、と荷物を受け止めたものの、尻餅をついて倒れこんだレイヴン。
「ちょ、青年、何すんのよ!」
「悪ぃな、おっさん。それ頼むわ。オレ達、このまま少しブラついてから宿に行くから」
 全く悪気無く言ってからエステルへと視線を向けた彼は、空いた右手を彼女に差し出した。
「エステル」
「あ……」
 思わず過ぎったのは、今と全く違った切羽詰ったその時のこと。同じように差し出された右手に、左手を重ねたのが最初だ。
 くすりと笑ってから、あの時と同じように差し出された右手に左手を重ねると、ユーリも同じことを思ったのだろう、右目を瞑りながら言う。
「あの時もこうだったっけな」
「はい。状況は今と全然違いますけど」
「だな。オレとあんたの関係もだけど」
 そうしてそのまま歩き始めるのかと思っていたが、しかし重ねられた手は一度離される。
「ユーリ?」
「今のオレとあんたなら、こっちの方がいいんじゃないの」
 そう言って、大きな手が指を絡めるようにエステルの手を握り直した。軽く手を引かれて、宿とは違う方向へ歩き出した青年の隣を歩く彼女は、その歩調もいつもよりずっとゆっくりなことに気付き、頬が熱くなるのを感じて俯いた。
「で、感想は?」
「その…………、嬉しい、です。けど、恥ずかしい、です」
 赤くなる頬を隠すように俯いたまま答えた彼女だったが、髪の間からのぞいた耳でバレバレだったらしい、頭上で青年がくつりと笑う気配。
「まあ、そのうち慣れるだろ」
「な、慣れるんです?」
「これからは、これが当たり前なんだし」
 言って、きゅっと繋がれた手に軽く力が込められる。
 当たり前なのだと、続く未来もそうなのだと言うようなユーリの言葉が嬉しくて、エステルは応えるように、指を絡めるように繋がれた手を握り返した。




繋いで
もらいましょう
互いの温もりをより分け合うような繋ぎ方。これは、わたしだけの特別、です?
一ヶ月以上間が空いてしまいましたが、二話目です。可愛らしく、初々しく、と念じながら書きました。ありがちな段階をこの二人には踏んでもらいたく、次は「手を繋ぐ」となってこんな話に。ダングレストのイベントで手を繋いでたけど、あの頃とは違うよなーと恋人繋ぎにしてみました。この為にムービーを何回か見返しましたよ……。
[脱稿:09'2.7 掲載:09'2.13]


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