FX 札幌 不動産 10%の再会【ユーリ・21歳、少女・18歳】



 突然降り出した雨。あっという間に勢いを強めたそれに、ユーリは短く舌打をして目に入ったカフェの軒先に駆け込んだ。
「降水確率十パーセントに見事大当たりってか」
 前髪についた雫を軽く払うと空を見上げた。分厚い灰色の雲は空一面を覆っていて、雨は更に強くなるばかり。
 どうしたもんか、そう思いながら眺めていた青年は、軒先に駆け込んできた少女の姿に目を瞠った。
「はぁ、はぁ……。天気予報の嘘吐き、です」
 ずっと走ってきたのか、荒い息を静めるようにしながら小さく零した悪態。いやもっともだ、と思わず笑うと、人の気配に気付いた少女が顔を上げた。
「あ、あなたは……」
「また会ったな、嬢ちゃん」
 十日ほど前、満員電車の中で助けた少女だった。
「えっと、ユーリさん……です、よね?」
「そうだが……。ああ、もしかしてあの時に何か聞いた?」
「はい。ルブランさんから伺いました。お名前も聞けないままでしたので……。あ、申し遅れました。わたし、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインと申します。先日は本当にありがとうございました」
 きっちり斜め四十五度の礼をした少女のセミロングの髪が重たげに揺れた。毛先から水滴がポタリと落ちる。
「ご丁寧にどーも。ユーリ・ローウェルだ」
「あの……ユーリさんも雨宿りなんです?」
「ああ。降水確率十パーセントに油断して出てきたから、取り合えずどうしようかと思ってたところ」
 答えながらユーリは荷物の中からタオルを取り出し、少女に差し出した。
「え? あの……?」
「見たところかなり濡れてるし。これ、まだ使ってないやつだから」
「でも、ユーリさんは?」
「オレは強くなる前に避難できたから、それほど濡れてない。てなわけで、嫌じゃなければどうぞ」
 僅かの躊躇いの後、差し出されたタオルを受け取る少女。ありがとうございます、と礼を言った彼女にユーリは続けた。
「荷物」
「え?」
「下に置くの、嫌じゃないの」
 軒下の濡れたタイルの汚れを見下ろして、彼女は申し訳なさそうにしながらユーリに鞄を差し出した。
 タオルで丁寧に髪の毛の水分を拭き取り、上着やスカートを軽く拭き終えてから丁寧にタオルを畳んだ少女は再び頭を下げた。
「ありがとうございました。あの、このタオル洗ってお返しします」
「いいって。汚れたわけじゃない、濡れただけだし」
「いえ、お預かりさせてください」
 頑として譲らない気配の彼女に、ユーリはどうしたもんかと思いつつ、最終的に頷いた。
「分かった。そうしてくれるか」
「はい! あの、それから先日と今日のお礼もさせてくださいね」
「だからいいって」
「良くありません。この前のことも……わたしはユーリさんに助けてもらえたことが、とても運の良いことだったんだ、って後で知りました。同じ電車でしたから、もう一度お会いできないかと思って探してたんですけど、見つけられなくて……。だから今度、ルブランさんにお尋ねするつもりでいたんです」
 そこまでしようとしていたのか、ユーリは内心で思った。一応個人情報ではあるから簡単には教えないだろうが、それでも諦める気配がないと分かれば何らかの手がかりを漏らすことくらいはするだろう。
 遅かれ早かれ恐らくはこうなっていたのだ。そういう結論に達した彼は、はあ、と小さく息を漏らしてからふと背後を見た。
 そして少女に視線を戻して少し思案すると、頷く。
「そんじゃ、一つ頼みたいことがあるんだけど」
「はい! 何ですか?」
「ここ、一緒に入ってもらえるか」
 背後を右手の親指で示した青年に、少女は視線を動かした。軒先を借りているそこはカフェで、男性は皆無とまではいかないまでも、客の殆どは女性で占められている。
「ここのケーキが気になってたんだが、いつもこんなんだから通り過ぎてたってわけ」
「分かりました。ご馳走させてください!」
「中に付き合ってくれるだけでいいんだけど」
「でも……」
 反論が来る前にさっさと入口のドアに歩み寄った彼は扉を開く。
「お先にどうぞ」
「……はい」
 促して少女を先に入れると、続いてユーリも店内に入った。入口すぐ近くにあるショーケースを眺めていると、店員が気付いて出てくる。
「いらっしゃいませ。お待たせ致しました、お二人様で宜しいですか?」
「ああ」
「喫煙席と禁煙席はどちらをご希望でいらっしゃいますか?」
「禁煙で」
「かしこまりました。ご案内致します」
 店員に案内されたのは窓際の席だった。ユーリは入口から見て奥の席である方の椅子を引くと、少女を見る。
 どうしたんだろうと思って小首を傾げた彼女に、ユーリの方が不思議そうな顔になった。
「座んないの?」
「え、あ、いえ……! ありがとうございます……」
「どういたしまして」
 少女が席に着くと、青年は向かい側に座った。どこか驚いたように見ていた店員を促し、メニューを受け取る。
 お決まりになりましたらお声掛けください。水の入ったグラスを置いた後にそう言って店員が離れると、メニューを開きながらちらりと青年を窺う少女。
「なに?」
「あ、えと……。ユーリさんて、いつもあんな感じなんです?」
「あんな感じ……?」
「エスコート、です」
「…………ああ、そういうこと。あれは刷り込みみたいなもんだ」
「刷り込み、なんです?」
「育ての親の教育方針でな、うちでは女子供が最優先なの。とは言え、勘違いさせないように、女子にもそういうことに甘えが出ないような教育はしてるからな。男子はまず形から入るから余計刷り込みだ。オレの場合は、外じゃそういう機会はなかったが、家じゃ対象者が多いから無意識だな」
 その説明に頷きつつ、しかし少しの疑問も残しながら少女は言った。
「対象者が多いって、大家族なんです?」
「ああ、孤児院だからな。チビ達から嬢ちゃんくらいまでそれなりに多いぜ」
 あ、と声こそ漏らさなかったものの、口をその形に開いて、そしてすぐに右手で隠して俯きがちになった彼女の分かり易さにユーリは笑った。すみません、と小さく聞こえてきた声に、くつり、低い笑い声を漏らす。
「別に謝る必要なんてないんじゃないの。嫌ならそもそも話さないし、オレは院で育ったことに一片の後悔も無いし。そういう風に反応返されると逆にこっちが困る」
「あ、はい。すみません」
「だから……。たく、なんていうか生真面目だな、あんた」
 笑って、そうしてメニューを閉じた彼は、生真面目と言われてそうでしょうか、と考え込む少女に声を掛けた。
「で、オレは決まったけど、そっちは?」
「あ、え!? ま、まだです……! どうしましょう……」
 慌ててメニューに視線を落として、色とりどりのケーキの写真を見た少女は、少しの間を置いてぽそりと呟く。
「……どれも美味しそうで迷います」
「オレが聞いた話じゃ、ここはタルトが美味いらしいけど」
「タルト、ですか」
 ユーリの呟きのようなアドバイスに、数種類あるタルトの写真を見る。そしてふと気付いた月替わりのケーキの写真。苺をふんだんに使ったストロベリータルトだ。
「決まりました。ストロベリータルトにします!」
「そ。で、何飲む?」
「え、えぇと……ホットのミルクティー?」
「何で疑問系だよ。じゃあ……、と」
 軽く手を上げた青年に気付いたのか、店員がやってきた。
「月替わりのタルトと、ミックスベリームース。両方ともドリンクセット。ホットミルクティーとホットコーヒー」
 無駄の無い注文を復唱してからメニューを回収して店員が下がると、少女はそういえばと思い返す。
「苺の旬って三月くらいだと思ってました」
「ん? ああ、月替わりのは旬の果物で作ってるんだったか。確か、元々は五月頃が旬らしい。今はハウス栽培で年中収穫出来るから分かんなくなってるんだろうな」
「そうなんですか……、勉強になりました。ユーリさん物知りですね」
「んなこたねぇよ。何回か前の講義でたまたまそういう話を聞いたから覚えてただけだし」
「講義?」
 苺の旬の話が出る講義とはどんなものなのだろう。思案顔で彼女が目を瞬くと、もう用意が出来たのか店員がトレイに注文した品を載せてやってきた。
「タルトとミルクティーはそっち」
「かしこまりました」
 目の前に輝く赤い宝石を散りばめたようなタルトが置かれ、温められたカップと注ぎ口からかすかに湯気を立ち昇らせるティーポットが続いて少女の視界に入った。
「へぇ……凝ってるな」
 感心したような青年の声に、タルトに釘付けになっていた視線を向けると、彼の前にはスポンジケーキの上に淡いピンクと白の二層のムースが重なったミックスベリームース。良く見るとその形は花びらにも見えるような少し細長い形のハート型だ。
「可愛いです……!」
「形もそうだし、色合いもそうだし、添えられてる花びらのシュクルティレもいいな」
「シュクルティレ……?」
「飴細工のこと」
 少女の疑問に答えてプレートに添えられていたピンク色の半透明のそれを摘む青年。それもまた、ケーキと同じような形のものとなっている。
「悪い、食べる前にそれ、撮らせてもらっていいか」
「え? 撮る、です?」
「そう。写メで」
 携帯を取り出した彼は慣れた様子で操作をして少女の前に置かれタルトにレンズを向けた。画面を確認して満足げに頷くと、次に自分の前に置かれたムースにもレンズを向ける。
「よし」
「あ、あの……?」
「ああ、いきなり悪かった。オレ、製菓学校の学生でさ。女性が好むようなケーキってのが課題に出たんだが、ピンと来なかったから、何度か話を聞いたことがあった此処は目ぇつけてたんだけど。……入る前にも言ったけど野郎一人じゃ気まずいし」
 製菓学校。なるほど、確かにそれなら苺の旬の話が講義で出てもおかしくはない。疑問が解けた少女は微笑した。
「そうだったんですか。それならお礼を兼ねてわたしもユーリさんの参考に出来そうなものにすれば良かったですね」
「そこまで気ぃ使うなって。ここ、タルトが評判良いんだ。だから充分参考になる。それに自分が食うんだ、自分の食いたいもんの方が良いだろ」
 そう言って、フォークを手にしていただきますと呟いてから、そっとムースにフォークを通した。
「柔らかすぎないし……、ん、固過ぎもしない。ベリーのムースはすっぱ目だけどバニラのムースとスポンジが甘いから丁度良いな……」
 味わいつつ、しっかりと一つ一つ確認しつつ、そんな風にムースを口にする姿に少女は自分の目の前のタルトのことを思い出し、フォークで小さく切って一口。
「〜っ、美味しいです……!」
「そっちも当たりか」
「はい! 苺の酸味と、その下のカスタードベースのクリームとタルト生地が絶妙です」
 それぞれに自分の注文したケーキを味わい、満足したところで飲み物も残り少なくなってきた。見れば降り続いていた雨もぴたりと止んでいる。
 恐らくはもう降らないだろうが、何せ今日はその「恐らく」と思っていた降水確率十パーセントに見事に迷惑を被った二人だったので、今のうちにと清算を済ませてカフェを出た。
「ユーリさん、お礼なんですからやっぱりわたしが……」
「中に付き合ってくれるだけでいい、って言ったろ。こっちこそ助かったんだ、これで帳消し」
「でも……! やっぱりわたしの方が足りません」
「……ほんと、生真面目だな。誰かさんにそっくりだ」
「……え?」
「いや、何でも。とにかくこっちは学生でも成人してるんだ、お礼って言っても未成年の女の子に奢らせるわけにはいかないの」
 そう言っても治まらないのだろうな、とは内心で続けた青年の少女に対する感想だった。決して長くはない、むしろ短い時間ではあったが、その中で少女の「そういう一面」を多く見たから間違いではないだろう。
「で、一つ提案なんだけど」
「……はい?」
「さっきも言ったけど、オレは製菓学校に通ってる学生だ。趣味とかじゃなくて、卒業したら自分の店を持つつもりでもいる。で、やっぱりこういうケーキとかって女性とかがメインのお客になるから、女性の視点からの感想とか好みは、ある意味実習より参考になったりするわけだ。……で、時々アンケートさせてもらえると、オレとしては奢ってもらえるよりもよっぽどありがたいお礼になるんだが……」
 どうだ、と言って少女の反応を待った青年に、問いかけられた方は何度か瞳を瞬いた後に笑顔で頷いた。
「はい、喜んで」
「いいのか?」
「ええ。お役に立てるなら嬉しいです。でも、わたしクラスメートの方に時々、ずれてる、って言われるんです。それでも良いんです?」
 真面目に問い返した少女に、ユーリはぷっ、と吹き出した。確かにそのクラスメートの評価は最もだと思う、少女は間違いなく「天然」の部類に入るだろうから。
「何で笑うんですか」
「いや、ちょっと。……ありがとうな、エステル」
「え? ……エス、テル?」
「ああ。エステリーゼ、だろ、名前。メールで打つのに長いし、呼ぶにしても呼びやすいし。嫌なら嬢ちゃんって呼ぶけど」
 彼の言葉に少女――エステルはぶんぶんと首を振った。
「いいえ! 愛称、ですよね。今までそんな風に呼ばれたことがなかったので驚きましたけど。でも、嬉しいです」
「んじゃ、エステルで」
「はい、ユーリさん」
 にっこりと笑んで言ったエステルに、ユーリはぽんと頭を叩きながら訂正を入れた。
「ユーリ」
「え?」
「協力してもらうのに、さん付けされるのも何だし。なんつーか、名前にさん付けも慣れないし」
「……はい! よろしくお願いします、ユーリ」
「ん。よろしく、エステル」
 差し出したお互いの右手で握手を交わして笑みを交わすと、二人は雨上がりの道を駅へと向かって歩き出した。


10
そう、色んな意味でそれくらい低い確率だったことがあった日だった
ケーキを絡めた再会と、こういう経緯で二人が連絡を取り合うようになったり名前を呼び合うようになったりするっていうのは頭にあったんですが、そこにたどり着くまでが相変わらず長い。ちなみに苺の旬については話の中に出てきたように、本来は5月ごろだそうですよ。そしてタルトとムースの描写は想像です。多分、実際にあってもおかしくなさそうだなーという材料のものになってますが。
[脱稿:08'10.22 掲載:08'10.24]


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