「折角のひなまつりなんですけど……」
「まあ、天気ばかりは仕方ないんじゃないの」
苦笑しながら返した店主に、少女はいつもの席でそうですねと頷き返した。
三月三日、ひなまつり。
朝から厚い雲が掛かり、昼過ぎからは場所によってしとしとと降り始めた雨。これからの予報ではどうやら雪になるとのことで、ユーリは勿論、カフェスペースを担当するジュディスはこまめにエアコンの温度を調節している。
大学も既に休みに入ったエステルは、駅前の書店でお気に入りのシリーズの新刊を買って来店した。丁度期末テスト中であるリタもまた、彼女と連絡を取っていたのか午後のお茶の時間近くに訪れた。
「ひなまつり、って言っても、準備と後片付けが大変くらいしかね」
それでも取り合えず今のところは毎年飾り付けているのだ、とリタはどこか疲れたように言って、ジュディスの手によって淹れられた紅茶に口をつける。
「そうね。部屋がないと段飾りはまず無理だもの。私はお内裏様とお雛様と、最小限のお飾りくらいしか出していないわね」
「園は今頃祭りだな。オレもこの間、土台作りに借り出された。……カロル、強く生きろよ」
どこか遠い目をして付け加えたユーリに、園で当たり前のように根付く「レディー・ファースト」の精神を思い出した女性三名は、それぞれの表情で顔を見合わせた。
「っと、そろそろか」
「そろそろって、何かあるんです?」
「ん、まあな。ちと待ってろよ」
に、と笑ってジュディスに厨房に行くことを告げてカフェカウンターを出て行ったユーリを見送って、エステルは小首を傾げる。
「ユーリは何か作ってたんです?」
「そうみたいね。ただ、私もお店のことがあったし、何を作っているかまでは知らないの」
ジュディスが肩を竦めて答えると、リタがカップを両手で持って手を温めながら多分、と言葉を継ぐ。
「今日はひなまつりだし、そっち関連のスイーツじゃないの」
「リタ、正解」
さっき厨房へ戻ったばかりのユーリがその両手に三枚の白いプレートを手にして戻ってきていた。
「あら、早いわね」
「冷蔵庫で冷やしといたのを出しただけだし。というわけで、ひなまつり、な」
まずは、とカウンターに座るエステルとリタの前に。
「わ、この色とこの形、ひしもち、です?」
「そう。桃色はそのまま桃、緑は甘さ控え目の林檎で、それぞれゼリーになってる。間の白はスポンジケーキ。色合いを変えるわけにはいかなかったし、桃の節句って言うから、林檎はどっちかって言うと香り重視で味は控え目にしてる」
「……いいんじゃない」
早速とばかりに口に運んだリタが口元を持ち上げながら端的にそう漏らせば、続いたエステルが満面の笑みをユーリに向けた。
「ユーリ、美味しいです……!」
「なら良かった。と、ジュディ、あんたも座れよ」
「今日の休憩はもう終わっているけれど、いいの?」
「この天気だから客足も少ないし、これ食べる時間くらい構わないだろ。今日はひなまつりだし」
女子供が最優先、という育った環境の教育方針が刷り込まれている青年は、そう言ってリタの隣の席の前に残りの一枚のプレートを置いた。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね、オーナー」
「まあ、適度にごゆっくり」
ついでとばかりにエステルとリタに紅茶のおかわりと、ジュディスに新しい紅茶の用意まで終えた彼は、雨の中来店した客に気付いてカフェカウンターを後に。
「こういう時、エステルを少し羨ましく思うわね」
「まあ、分からないでもないけど」
「はい? 何か変わったことがあります?」
つまりは疑問に思わないほど日常的ということで、分かってはいてもノロケられた気分になった二人は、ごちそうさま、と呟いてユーリお手製の特製ひなまつりスイーツに向き直り、言われたエステルはまだ食べ終わってないのにと不思議そうにしながら、やはりスイーツに向き直って十分に味わうべくゆっくりと手を動かすのだった。