「こんなもんか」
入口のドアに「CLOSED」のプレートを掛け、一度店内に戻った青年は一枚の紙を手に再び外に出て来た。
主に店内の装飾などを貼り付けるのに使うメンディングテープを使って、その紙を人の目線に入る高さに貼り付け、そして少し離れて確認した彼は一人呟く。
既に辺りは夕暮れに近く、ビルが切り取る空の下方は淡く黄色から赤へのグラデーションを見せる頃だ。いつもならばまだあと二時間は営業時間だが、今日は違った。
カラン、ドアベルが鳴ってドアが開き、店内から涼しげな容貌の美女が顔を覗かせる。
「終わった?」
「ああ。ジュディは終わった?」
「勿論。明日と明後日は臨時休業だから念入りにしたわ。貴方の方は明日の朝も使うんだったわね」
外へ出て来ながら尋ねたジュディスに、ユーリは頷いた。
「朝五時からフル稼働だな。ジュディにも朝早くから手伝ってもらうことになるけど……」
悪いな、と頭をかきながら言ったユーリに、ジュディスは微笑む。
「いいのよ。その代わり、最後までお手伝いは出来ないけれど」
「そりゃな、オレよか断然支度に時間も手間も掛かるんだし」
「そうね。あの子達の仕上げもしなくちゃいけないわ」
ふふふ、と楽しそうに声を立てて笑った彼女は、今しがた店主の手によってドアに貼られたそれを見て笑みを深めた。
「明日ね」
「そうだな。急なことで色々忙しなかったぜ」
「あら、それでも急いだのは貴方が待っていられなかったからでしょう、ユーリ?」
「…………悪かったな、我慢が利かない男で」
「貶しているわけじゃないのよ? 貴方は仕事、あの子は学校、しかも高校生の頃よりもずっと開放的な大学で、人との出会いも沢山。私も時々あの子との待ち合わせで大学まで迎えに行ってみたら、思っていた以上の虫が集っていたくらいだもの。駆除にはこれ以上の方法は無いものね」
臨時休業。
それまでも何度かあったが、それは主に平日のこと。飲食関係にとって稼ぎ時でもある土日の両日を連休にするのは初めてのことだ。
「エステルは今日、ご家族と、かしら?」
「ああ。小父さん小母さんと、天然息子で家族水入らずだと。お陰様でオレはこれから野郎同士の晩餐に付き合わされるってわけ」
「あら、いいじゃない。ある意味最後の晩餐でしょう? まだ春は当分先のおじさまと、仕事が恋人のフレンに所帯を持つ者としての抱負でも語ってきたら?」
「…………取りあえず潰さない程度に付き合ってくる」
自他共に認める酒豪の青年は、見た目分かりやすく酔っ払いになりやすい男と、見た目分かりにくく酔っ払いになりやすい幼馴染のことを思って嘆息と共に答えた。
すると、既に白衣を脱いでいたユーリはバイブにしておいた携帯が震えたことに気付き、ジーンズのポケットから出して着信したメールを開く。
短い文面に目を通し、口元を持ち上げた彼にジュディスは微笑のまま言った。
「エステル?」
「当たり。『お仕事お疲れ様です、ってジュディスにも伝えてくださいね』だと」
「そう、後で夜更かしは明日の花嫁に大敵よ、って釘を刺しておくわね」
「ああ、そうしといて」
肩を竦めながら言った若きオーナーパティシエは、明日、白いドレスとヴェールを纏った新婦と共に赤い絨毯の上を歩く。