花キューピット ゆっくりでもそれはそれで



 ほぼ心配は無いとは言え、受験生を夜中に連れ出すのもいかんだろう、と言うことで、新年の初詣は元日の午前中に待ち合わせて行くこととなった。
 勿論、そのように決まるまでには二人の間で小さな攻防があったのだがそれは割愛する。
 出かけるのはユーリやエステルの住む地域の氏神が祀られた神社で、徒歩でもそれほど掛からず行くことが出来る。約束の時間の十五分前にマンションの自室を出た青年は、玄関ロビーを出たところでメールを送信し、彼女の自宅へと向かった。
 天気には恵まれたが、気温は昨日よりも低い。午前中の日もまだ高くない時間ということも相俟って、体の芯から冷えてくるような寒さだ。
(防寒はちゃんとして来いと言ったが、午後にすりゃよかったか……?)
 はぁ、と小さく吐いた息が白く立ち昇る。
 結局のところ、午前中に待ち合わせて出かけることにしたのは、出来るだけ長い時間一緒に居たいという青年と少女の思惑が一致したからなので、今更の話ではあるのだが。
 初詣の約束を取り付けた日のやり取りを思い返しつつ、黙々と歩んでいた彼は、近付いてきた目的地の前に鮮やかな色彩を見つけて訝しげに目を眇める。
 そして、それが待ち合わせている少女なのだと気付き、慌てて駆け寄った。
「エステル!」
「あ、ユーリ、明けまして……」
「あほ! 寒いのに外で待ってるなんて何考えてんだ。あんた受験生なんだから、体調のこと考えて家の中で待ってろっての」
 うひゃ、と小さな声を上げて開口一番の、そして今年初めの説教を受けることとなったエステルは、俯いたままそろりと青年を見上げる。
「ごめんなさい。でも、外に出たのはほんの少し前ですから」
「……はあ。まあ、事前に注意しておかなかったオレも抜かってたけど」
 苦笑して手を持ち上げて、しかしそのまま動きを止めたユーリに、今度は不思議そうな顔で小首を傾げるエステル。
「ユーリ?」
「下手に触ったら崩れそうだし」
 セミロングの髪を、どうやったのかと思えるほど上手く纏め、簪釵などで飾っている。動くたびに揺れるそれが、チラチラと陽の光に煌いて目を惹く。
「振袖か。良く似合ってる」
 紅梅色を基調とし、裾や袖に白と桃色で桜などの花が描かれている着物。帯は金を基調としたこちらも花の絵が鮮やかなもので、帯締めと帯揚げは金に負けない青。着物のことは良く分からないユーリでも、良い物なのだろうと一目で分かる物だ。
 端的だがストレートな褒め言葉に、エステルは嬉しそうに微笑む。
「有難うございます。これ、母の物なんです。これまでずっと、小母様が大切に仕舞っておいて下さって……、今日初めて着たんですよ」
「お袋さんのか。……良かったな」
「はい。着付けは勉強中なので、小母様にお手伝いして頂いたんですけれど」
「ふぅん。まあ、多少崩れてもオレが直してやるから安心していいぞ」
 その言葉に、エステルは目を瞠った。
「……ユーリがです?」
「そう。園のチビ達も正月は着物に着替えるから。貰いもんとかだが、それがかなり量があってそれなりに選べたりもする。で、人数が人数だから年長者は必然的に着付けを覚える羽目になる、と。オレは中学入った頃にはもうチビの着付けしてたな」
 行くか、と左手を差し出しながら答えたユーリに、エステルは手を重ねながら感心したように頷き、そしてどこか肩を落として呟いた。
「ユーリ、色々出来て凄いです」
 勉強も、料理も、それ以外のことも大抵のことは。と指折り数えながら言ったエステルに、青年は肩を竦めた。
「育った環境の問題だろ。手伝いしてるうちに何となく出来るようになっただけだし」
「そこがユーリの凄いところです。……わたしも頑張りますね」
 意気込むエステルとは反対に、ユーリは口元を持ち上げながら答える。
「まあ、ゆっくりでいいんじゃないの。さっきも言ったけど、オレは出来るんだし」
「そう、です?」
「そうそう」
 非常に楽しそうに笑んだ青年に、少女は不思議そうに小首を傾げつつ、少しずつ頑張りますと答えた。
「反対も得意だから、練習に付き合ってもいいしな」
「はい?」
「いや、何でも?」
 初詣に向かう人間が増えてきた通りを歩きながら、彼はさらりと彼女の疑問を流し、先へと促す。
 果たしてその言葉の意味をエステルが知るのは、この一年後……だったかどうかは定かでは無い。


ゆっくりでもそれはそれで
っと、忘れてた。明けましておめでとう、エステル。
はい。明けましておめでとうございます、ユーリ。
明けましておめでとうございます、ということでパラレル創作で。これはお付き合いして初めて迎えるお正月の風景です。そしてエローウェル氏ご降臨。さてさて、来年には彼女はどうなっているんでしょうか?(えぇ)
[脱稿:08'12.30 掲載:09'1.1]


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