見上げた空は雲一つ無く、これぞ快晴という青空が広がっている。
起床してすぐに窓辺に歩み寄り、大きく窓を開いて空を見たエステルは、さすがの寒さに体をぶるりと震わせ、顔を引っ込めた。しかしお陰で目はすっきり覚め、今のうちにとパジャマを脱ぎ始めた。
昨日、念入りにアイロンをかけておいた制服のブラウスに袖を通すと、ひやりとした感触に思わず背筋が伸びる。スカートを履き、それからタイツに足を通してから鏡でチェック。指定のセーターを着た後、最後に、とこれもまた昨日のうちに用意しておいた制服のリボンを手に取った。
赤と青、どちらも無地の制服に標準で用意されているリボンは好きな方を使って良いのだが、エステルの通うハルモネア学院――卒業まで後一年の内であったので、彼女の学年までは統合前からの制服なのでルルリエ女学院のものだが、統合後のハルモネア学院としての制服でも同じように二色のリボンが用意されている――では、暗黙の内に赤が勝負時にということになっている。
今日という日はやはりこの色だと、赤のリボンを手にして慎重に結ぶ。形を整えて襟を正した後、スカートの裾を確認して、彼女は部屋を出た。
受験をせずとも推薦を受けられるだけの成績はあった。けれどそれをせずに敢えて受験することを選んだのは、自分の力を試してみたかったということもある。
顔を洗って朝食をしっかりと食べて、それから自室に戻ったエステルは荷物を二度指差し確認してカバンに入れた後、制服のジャケットに袖を通した。
コートを着て、マフラーを付けて、カバンを手にして部屋を出て階下へ。気配を察して出てきた小母の見送りを受けながら玄関を開けると、門の外に思わぬ姿を見つけて彼女は声を上げた。
「ユーリ!?」
あらあら、と弾んだ小母の声を背中に聞きつつ、いってきますと言って家を出たエステルは、足早に門を抜けて彼に駆け寄る。
「おはようさん、エステル」
「おはようございます、ユーリ。でも、どうして? ユーリ、製菓学校の卒業制作の発表の準備があるから連休は忙しいって」
「まあ、そうなんだけど。オレは卒業に影響してるわけじゃないし。比べてあんたは春からの進路が決まる大事な試験だろ。昨日電話で言ったけど、やっぱ顔見て言いたかったし、渡したい物もあったし」
「渡したい物、です?」
「お守り」
だがお守りなら新年の初詣に行った際に既に手渡されている。小首を傾げて青年を見上げたエステルに、ユーリは口元を持ち上げて彼女の目の前に何かを差し出した。
両手を差し出すように言われ、手袋をはめた両手を言われたままに出したその上に、ぽんと乗せられたピンクのオーガンジーの小袋。中に入っているのは透明のセロファンに包まれた、これまたピンクの飴だろうか。
「これ、ユーリが作ったんです?」
「卒業制作のレシピ考えてる時にな。サクラの香料見つけて、作ってみた」
「あ。サクラサク、です?」
「激励も込めて。糖分は脳の栄養だし、休憩中にでも舐めてみて」
「はい! 有難う御座います、ユーリ! わたし頑張ります!」
片手にカバンを提げ、両手で小袋を包み込んで決意も新たに宣言をしたエステルに、ユーリはぽんと頭に手を乗せて風に少し乱れた髪を梳きながら言った。
「力み過ぎんなよ。いつものあんたで行けば間違いないって」
「あ、はい。落ち着かないと、です」
「そうそう」
駅までは一緒にと並んで歩き出した二人は、時間を気にしつつも話を弾ませていた。予習だとユーリが口頭で出す問題にエステルが答え、国文に比べて若干苦手な数学の応用問題の解説を求めたり、と。
全国各地の会場で行われる統一試験だからか、いつもなら学生の姿はまばらな駅前にも多くの姿を見かけられた。普段ならば同じ方向の電車に乗るのだが、今日は受験会場が反対とあって反対側のホームに向かうことになる。
「んじゃ、ここでな」
「はい。ユーリも頑張ってください」
「あんたも、会場に到着するまで気を抜くなよ。うっかり乗り過ごさないようにな」
「そんなことしません!」
「ははっ。悪い悪い」
もうすぐ電車が来るからと電光掲示板を見上げてから背を向けたユーリを見送った後、エステルは反対側のホームへ上がる階段へ向かった。
もしかしたら同じ会場に向かうのかもしれない他校の学生が次に来る電車を待っている。少しだけ階段から離れた場所の列に並ぶと、コートのポケットに入れていた携帯が震える。
朝早くに誰だろう、そう思いながら携帯を開いて新着メールのアイコンを選択すれば、差出人にユーリの名。
From:ユーリ<yuri-l@xxxx.ne.jp>
To:estell-sh@xxxx.ne.jp
Title:さっきのお守り
実は、中にもう一つ入ってる |
本文に書かれた短いその言葉に、エステルは携帯を入れていた方とは反対のポケットを探る。先程ユーリが渡してくれたピンクの小袋を取り出すと、携帯をポケットに入れて袋を開く。
透明なセロファンに包まれたサクラ色のドロップの中に、一つだけ紙に包まれた何かが入っている。首を傾げながらそれを出して開いてみれば、その中に入っていたのはピンクの小粒の石がついた細身のリング。銀のチェーンの付いたそれが包まれていた紙には、ユーリの筆跡で一文。
『これでいつも、サクラサクだ』
得意げな顔が目に浮かぶ。エステルは微笑んでチェーンの先で揺れるリングを見つめる。
「お守りと、ドロップと、リングと、このメモと。いっぱい、です」
頑張らないと、エステルは呟いて「お守り」を大事にポケットへ入れた。
本物がサクラサクのは、もう少し先の、確定した未来。