「全く、何よ青年こんな朝早くから」
「仕方ねぇだろ。全員揃ってる時間つったらこの時間が一番都合が良いんだよ」
ほれ、さっさと歩け。ユーリは眠そうな顔のレイヴンに告げてすたすたと歩みを進める。
「そういや、ジュディが朝飯作ってくれてんだっけな」
「ジュディスちゃんの手作り!?」
ユーリの言葉に一気に目が覚めたのか、今まで遅れがちに着いてきていたレイヴンが青年を追い抜いた。
「さ、青年! 行くわよ〜!」
「……分かっちゃいたけど現金なおっさんだぜ」
二月初旬、平日の早朝と言える時間。普段でも珍しいと言える組み合わせの二人がノードポリカこどもの園に向かって歩いていた。
何故かと言えば、ひょんなことで知り合ったレイヴンをユーリが「明日の朝駅に来い」という唐突かつ端的なメールを送ったことが始まりだ。何かしら理由を付けて断ることも出来たのに、それでも呼び出しに応じて現れたのは、いい加減さや胡散臭さを前面に出していても根がお人良しであるからなのだろう。
駅から徒歩数十分。目的地の門が見えてくると、その前に立つ大小二つの影を見つけてユーリが足早に駆け寄った。
「あ、ユーリ、おはようございま……」
「この寒いのに何で外で待ってんの、ってオレこの冬何度あんたに言えばいいんだろうな? 二度あることは三度あるって言うけど、いやほんと、あるもんだ」
寒い中、益々寒気を憶えるような微笑を浮かべた青年に、門前で待っていて叱責の対象とされたエステルは勿論、隣に居たカロルも氷のように固まる。
「せーいねん、ここでお説教してたら風邪引く確率上がるんじゃない?」
「…………はぁ。まあ、おっさんの言う通りなんだけど」
「あの、ごめんなさいユーリ」
「ごめんユーリ、ボクがもうすぐ来る頃だって言ってエステルを連れ出したんだ」
カロルがユーリを見上げて言うと、眉根を寄せていた彼は苦笑を浮かべて少年の頭に左手を置いた。
「まあ、受験生の自覚が薄いエステルにも責任はあるし」
「う……、気をつけてはいるんですよ? うがい手洗いも、電車の中ではマスクも着けるようにしてますし」
「なら体冷やすのもしないようにしろって」
「はい」
神妙に頷いたエステルに、ユーリはこれで本当に気をつけてくれれば良いんだが、と思いながら彼女の頬に手を添える。
「やっぱ冷たいし」
「ユーリの手、温かいです」
「言っとくけどオレの手は冷たいって言われるのが殆どなんだけど、それがそう感じるならそれだけあんたの体が冷えてるってこと」
両手で彼女の頬を挟むようにしながら言った青年に、少女は困ったように微笑しながら彼を見上げた。
「…………少年、何かおっさんすっごく寒さが身に凍みるんだけど」
「レイヴン、あれくらいでそんなこと言ってたらあの二人と一緒に居られないよ。先に行こう」
齢十二歳で既にスルースキルを身に着けているカロルは、いつものことだとばかりに男を促して門の中へ。男もまた白い息を吐きながら小さな背を追うようにして行く。
「さて、カロル先生に見捨てられる前に行くか」
「見捨てられるんです?」
「何だかんだ言って呆れるだけで見捨てはしないだろうが、まあ、中でチビ達も待ってるだろうし」
「そうでした。もう皆は準備万端です」
頬から離れた手の温もりを寂しく思いながらも頷いたエステルは、あ、と思い出したように声を漏らして青年を見上げた。
「おはようございます、ユーリ」
「おはようさん、エステル。さて、一仕事だ」
「頑張ってくださいね、ユーリ」
「オレは慣れてるからな。どっちかって言えばおっさんにこそ応援が必要なんじゃない」
未だ呼び出された理由を知らない――勿論ユーリは意図的に言わなかった――レイヴンは、きっと今頃、器用なカロルが作ったリアルな鬼の面を差し出されているのだろう。ユーリもまた、男とは別の面が用意されているはずだ。
二月三日。本来なら各季節の始まりの日の前日を言った節分の日は、今日では主に立春の前日のことを言い、人々は風習に則り各地方で行事を行う。それは勿論、ノードポリカこどもの園でも言えることで、昔からその日の朝、全員――子供も園長も職員も、時にはOBやOGも――参加して豆まきが盛大に行われる。
「最近は豆まきも進化してるから、おっさんが悲鳴上げなきゃいいけど」
「進化です?」
「そう。こんなところにも文明の利器が、ってな」
オレは盾を用意してるけど、と言うユーリの肩にかけられたデイバッグには、講義でたまに使う下敷きやノートが入っている。
何だろうと小首を傾げるエステルは、数分後、おもちゃの鉄砲やパチンコを手に追いかけられ、一方はなす術が無く逃げ回り、一方は盾を駆使して手痛い一撃を避ける二人の男の姿を見てその意味を知るのだった。