「有難う御座います。楽しみにしていたんですよ」
依頼の品をパニールに届けると、彼女はとても嬉しそうにそれを受け取った。早速とばかりに包装を解くと、中から出てきたのは二冊の本。その題名は「うそつきプラトニック」と「イチゴの瞳にキスをして」だ。
「リティスさんも読みますか?」
「では、パニールが読み終わってから貸して頂けますか? 様々な本を読むのは記憶に良いということですから」
「ええ、勿論ですよ。ああ、ごめんなさい、こちらが報酬です」
皮袋をリティスの手に置くと、確かにと彼女は頷く。
「それから、宜しければこれもどうぞ」
「……ノート、ですか?」
ガルドの入った皮袋以外に、差し出されたノートを不思議そうに受け取った。いたって普通のノートの表紙には「パニール・スイーツ」と書かれている。
「私が書いたスイーツのレシピです。疲れた時には甘い物、と言うでしょう? 船にいらっしゃる時には勿論私が腕を奮いますけれど、多少の食材があれば作れる物もありますから、出先でも役立つと思うんです。どうか活用して下さいね」
「有難う御座います、パニール」
笑顔で会釈をすると、表紙を開いてページをぱらぱらと捲るリティス。その一ページで手を止めた彼女は、少し思案してからパニールにあることを申し出たのだった。
「ふう、大分片付けたな」
アメールの洞窟に異常繁殖したというオタオタ。その近くの町からの依頼で討伐に来た一行は、次から次へと出てくるオタオタを討伐しつつ洞窟の奥へと進んでいた。
剣を肩に乗せて周囲を見回しながら言ったユーリに、同行者の一人であるガイが剣を鞘に納めつつ頷く。
「もう少しで最深部だろう? 洞窟に入った頃より出てくる割合も少なくなってきたし、切り上げても良い頃じゃないか?」
「そうですね。あまり多くを討伐してしまって、生態系を乱してしまうのは避けないと」
杖の先を硬い地面にトン、とついて同意したリティスに、男二人はそれぞれに彼女へ声を掛けた。
「さすがのリティスも疲れたんじゃないか? 周囲に魔物の気配も無いし、少し休んでから戻ろう」
「ガイに賛成。いくらビショップとして経験積んでて、相手がオタオタとは言え、あんた一人でオレらのサポートしてんだ、さすがに疲れたんじゃないの」
彼らの気遣いに彼女は律儀に会釈をしながら礼を言い、それではどうせ休憩するならと、周囲から突然魔物に襲い掛かられる危険性の少ない行き止まりまで行くことを提案した。もう少し、とガイが言っただけあり、数分も掛からずに辿り着いた場所。思い思いに腰を下ろすと、ユーリは道具袋からグミを取り出し、ガイは水筒を手に喉を潤す。
「あ、ユーリ、少し待ってください」
「あ?」
今まさにオレンジグミを口に放り込もうとしていた彼は、リティスの制止に若干眉を寄せつつも手を止めた。
入口まで戻る際にも魔物との戦闘は避けられないだろうから、と精神力の回復をしようと思っていたんだが、と思ったユーリの前に、彼を制止したリティスの手が差し出される。
「ユーリは甘い物は大丈夫でしたよね」
「ああ、まあな」
「グミは戦闘中にも使いますし、折角の休憩なのでこちらを」
小さな布袋を受け取り、紐を解いて口を開くと油紙に包まれた何かを見つけた。取り出してそれを開いてみれば、中には薄く色づいた焼き菓子の定番、クッキーが入っていた。
「こりゃいいな。そんじゃ、有り難く」
早速とばかりに一枚を摘んで口の中に放り込んだ青年は、サクサクとした食感と適度な甘さ、そして香ばしい味に混じる紅茶の香りに気付いて頬を緩める。
「いかがですか?」
「ああ、美味い。パニールに礼を言わないとな」
「はい。パニールにレシピを頂いて、探索にもより時間を掛けられるようになりました。改めてお礼を言わないと」
アドリビトムの食堂の番人とも言えるパニールが作った物だとばかり思って言ったユーリは、自分の言葉に若干ずれた言葉で同意したリティスに訝しげな表情になった。
「ガイもいかがですか? クッキーは保存方法をきちんとすれば数日は食感を損なわずに保存が利くということなので、幾つか包んで持ってきているんです」
「いいのかい? それじゃあ遠慮なく貰おうかな」
「はい」
誰が付けたのか異次元に繋がっていると噂の道具袋から、ユーリに手渡した物と同じ布袋を取り出してガイに手渡した彼女。自らの分も、と更にもう一つを取り出して袋から出した包みを開くと、一枚を取って口の中へ。
「確かに美味しいな。これ、紅茶が混ざってるみたいだけど……」
「はい。グランマニエ産の紅茶を混ぜました。あまり混ぜすぎても香りが強くなりすぎて、バターの風味が殺されてしまうということなので、あまり入れてはいませんけれど」
リティスの言葉に、ユーリとガイは包みの中に残るクッキーと彼女とを見比べてそれぞれに声を上げる。
「これ、あんたが作ったのか!?」
「へえ、君の手作りか」
「はい。先日、パニールにレシピを頂いて、丁度材料がありましたから作ってみました。お口に合って何よりです」
にこり、微笑した彼女にガイは感嘆の声を漏らした。
「リティスは器用だな。これ、簡単でいて結構難しいんじゃないかい?」
「パニールに教えて頂きましたし、それに最初は何度か失敗しましたから」
「その失敗したのは?」
「少し焦げてしまっていただけでしたから、私とパニールで食べました」
「昨日か。呼んでくれりゃあ、オレも手伝ったんだがな」
心底残念そうに、しかし手はクッキーを摘むのを止めないで、食べる合間にそう言ったユーリにリティスは首を傾げる。
「失敗作でいいんですか?」
「食べられる程度なら気にしないし。ていうかパニールのレシピか。いいな、それ」
「まだ揃わない材料もあるので、作れる物は少ないですけれど。……ユーリ、もう少し食べますか?」
「いいの?」
「はい。私は昨日沢山食べましたし」
どうぞ、とリティスの手元に残された三枚のクッキーを見て、ユーリは礼を言ってその一枚を口に放り込み、続いて手にしたもう一枚は半分に割った。
その行動に首を傾げたリティスに、彼は言う。
「口開けて」
「口、ですか?」
不思議そうにしながらも言う通りにした彼女の口に、割った半分のクッキーを入れたユーリ。それを自らの分を食べ終えて再び水筒に口をつけていたガイが目撃して、盛大に咽た。
「おい、何やってんだ、ガイ?」
「大丈夫ですか?」
「ゴホッ、い、今……」
「咽てんのに無理してしゃべるなって」
「そうですよ。今は休憩ですから、慌てて飲まなくても平気ですし」
そうじゃない、と言いたいのに咳ばかり出て反論が出来ないガイは、涙目のまま首を振るが、二人はいいからゆっくりしろと彼の思いを知らないまま返すばかりである。
「ところで、もういいんですか?」
「ああ。あんたもしっかり食って回復しろよ。元々、そのつもりの休憩なんだし。だから半分だけ。その代わり、次に何か作る時には呼べよ」
「分かりました」
笑顔で頷いて残りのクッキーを頬張るリティスに満足そうに頷いたユーリは、ようやく咳を収めたガイに気付いたのか視線を向けた。
「収まったか?」
「…………何とか、ね。戦闘じゃなくて休憩中に痛い目に合うとは思ってなかった」
「そりゃあれだけ咽ればそうだろうな」
まさか自分が原因の一端であるとは思っても居ないユーリがそう言えば、ガイは深く溜息を吐く。
「おまけに胸焼けもしそうだ」
「胸焼け?」
「甘すぎましたか?」
「するほど甘くは無いんじゃない、あのクッキー」
「…………俺には充分過ぎるほど甘かったんだよ」
疲れたように呟いた金髪の青年に、当事者であるのに気付いていない二人は心底不思議そうに首を傾げるのだった。