ギガントモンスターを倒したその後、少し休憩をとクオイの森の奥に隠されるように存在していた花園で思い思いにくつろぐ仲間達。
カロルは早速とばかりにモンスター図鑑を取り出し、つい先ほど倒したばかりのキマイラバタフライについて書き留めている。
ジュディスはその傍で倒した際に手に入れた素材と手持ちの素材を吟味して、次に補給で街へ立ち寄った際に何を合成するか思案していた。
戦いで上級魔術を連発していたリタはパイングミを口に放り込んだ後、ラピードに寄りかかるようにうたた寝を。
ラピードは少女の枕となりながら、時折近寄ってくる虫を尻尾で追い払っている。
レイヴンは自身の弓で射落とした果実をそれぞれに渡した――寝ている少女はすぐ傍に置いて――後、図鑑を書き込む少年の手元を興味深そうに眺めながら自分の分に噛り付いた。
そしてユーリは戦闘の疲れからくる睡魔に誘われ、花園の中で座り込んで読書をするエステルの隣で静かに寝息を立てている。
見上げた空には星喰みが見えるけれど、クオイの森の上空はこれぞ晴天という青色が広がり、陽光も目映いばかり。手をかざして光を遮りながら少しの間空を見上げていたエステルは、ユーリはこの眩しい中でどうして寝ていられるのだろうと不思議に思って視線を下げた。
そして納得。周囲いっぱいに咲き乱れる花に埋もれるように寝ている青年は、その花によって絶妙な加減で光を遮ってもらっていたのだ。そよ風に柔らかく花が揺れる度、青年の顔に掛かる陰がちらちらと形を変える様は、木漏れ日が揺れるそれに良く似ていた。
目を閉じれば森と花のざわめき、少し遠くからは仲間たちの楽しそうな声、そしてすぐ傍からはいつも余裕を感じさせる少し皮肉気な青年の穏やかな寝息。
そのどれもを感じられるこの時に、今更ながら感じる幸せ。
エステルは読みかけの本に栞を挟んで閉じると、ささやくように謝罪しつつ目の前の花を一輪手折った。
鮮やかな赤に染まった細い花弁を何枚も持つ花。その一枚を摘んで、ちぎったそれを手の平に乗せると、ほどなくして吹いた風に飛ばされる。
一枚、また一枚、そうする度に胸のうちで交互に繰り返す言葉。
そして最後の一枚になったところで苦笑しつつ、花びらが風に乗って遠くに消えるように手を差し伸べた彼女。
「そんな顔してるってことは、それはキライ、か?」
「っ!? ユ、ユーリ……?」
驚いて彼を見下ろした瞬間、最後の一枚は風に飛ばされて空に消えていった。
つい先ほどまで静かな寝息を立てていた青年は、寝転がったまま驚いているエステルを見て笑っている。
「花占いだろ」
「……いつから起きてたんです?」
「花びらが最後の一枚になったところで」
「起きていたなら言ってください。びっくりしました」
小さく頬を膨らませたエステルに、ユーリは片肘をついて頭だけを起こして苦笑した。
「途中で声掛けるのも無粋かと思って。それにオレも結果が気になったからな」
「え?」
「ちなみに狸寝入りしてたわけじゃない。正確には起こされたってところだな」
コレで。
と、左手の指先に摘んだものを示しつつ、彼は続けた。
「顔の上に落ちてきてさ、何だと思って目を開けたらエステルの持ってるそれには花びらが一枚だけだったってこと。オレとしては、あんたが最後に飛ばしたもんと反対の意味の方が落ちてきたんだと思うけど、どう思う?」
意地悪な問いだ。
顔に出やすいと年下の友人に言われるほど分かりやすいらしいエステルは、少しの反発はあるもののそうなのだと認めざるを得ない事実としてそれを認識している。
仲間内の誰よりも勘の鋭い彼が気付いていないはずはないだろうに。
けれど彼は自ら答えずに疑問を投げかけてくるのだ。今のように、答えは決まっているけれど答え辛い、そんな際どい問いを。
こういうところは少しキライかもしれない。
エステルが内心で思いつつ唇を引き結ぶと、青年はどう思ったのか今まで浮かべていた皮肉気な雰囲気を消し去り、代わりに苦笑を口元に乗せた。
「悪かった。からかったわけじゃないから」
「……ほんとに、です?」
「ほんとに」
その瞬間、ざあっ、と今までにない突風が吹きぬけた。青年の手に残った最後の一枚だった赤い花弁も、空に吸い込まれるように飛ばされて消えてしまう。
揃ってその行方を見送っていたが、青年は腹筋を使って半身を起こすと周囲を軽く見回して一本の花を手折り、何事かと見つめていた少女に差し出した。
「もう一回」
「はい?」
「さっきのは風に盗られちまったし。だからもう一回」
心なしか悔しそうな顔。そして風に盗られたという言葉。エステルはそんな彼の願いに、きょとんとして、それからくすくすと笑い出した。
「盗られた、って。別に風は、盗ったわけじゃ、ない、ですよ?」
笑い声の合間に返すと、青年は少し拗ねたように目線を反らしつつ反発する。
「盗られたの。ほら、まだ時間はあるんだし」
さっきまでは大人の余裕たっぷりだったのに、今はまるで小さな少年のよう。今度はエステルが苦笑しながら、それでも彼の願いのままに差し出された花を受け取った。
「で、今度は飛ばすの半分な」
「花びらのことです?」
「そ。風にくれてやるのはキライだけ、な。後は全部オレに回すように」
わがまま少年の様子は消え、またいつもの大人の青年の顔で。
「……ユーリばっかりずるいです」
「それじゃあ先払いしとくか」
またもや周囲を見回したユーリは、あ、と一つ声を漏らした後に丁度良いと呟いて、エステルに左手を出すように告げた。
小首を傾げながらも言われたままに左手を差し出した彼女は、彼のとった行動に思わず息を呑む。
するり、器用に薬指に巻きつけられ、即席の装飾となったのは白く細かな花弁と四つの葉を持つ幸福の花。
そしてとどめとばかりにその指先に触れた唇。
「…………っ」
「足りない?」
ぶんぶんと首を振って、思わず潤んできた瞳で青年を見つめ返すと、彼は困ったように笑みながら続けた。
「続きは、全部終わった後にだ」
「……約束、ですよ」
「ああ。だからエステルは代わりに、それ、もう一回な」
「はい。でも、それ全部持って帰れます?」
「いっそ食べるか?」
「えぇ!?」
「冗談。とりあえず布巾に包んで、後でビンに入れ替える」
「もう、びっくりさせないでください、ユーリ」
それから、ちぎった一枚目の花びらを彼の手の平に。
風に取られまいとする青年に、彼女はその度にくすくすと笑いつつ、最後の一枚が風にさらわれて消えるまで、残る答えの決まっている花占いは続けられた。