「それで、これは一体、どういうことだ?」
薄く笑みを刷いた口元が言葉を紡ぐが、その響きはいつもより更に低い音。そして視線は決して穏やかではないことを見てすぐに察していた為、エステルは視線を合わせられずに俯きがちのまま口を開いた。
「それは、その……ちゃんとした事情があって。とにかくこれを読んでください。フレンからです」
勢い良く差し出された少女の両手には、見ただけで上質と分かる紙で出来た封筒。封蝋の紋は帝国の紋となっていて、それがフレンだけの意向で書かれたものではないことが分かった。
金の封蝋にその紋が押された時、それは皇帝もしくは次期皇帝位継承者からの手紙であることを表すのだ。騎士団時代に詰め込まれた知識が頭の片隅から呼び起こされる。
溜息を吐きながら手紙を受け取った青年は、封を開けて取り出した便箋に目を通す。
そこには、責任感から頑張り過ぎてしまう少女が過労気味ということ、しかし自分達がやんわり窘めても大丈夫だと笑って聞いてくれないこと、このままでは遠からず倒れてしまうかもしれないということ、したがって強制的に休みを取らせること、その間は青年の元に預けるということ、ついでに証拠の固まった不穏分子の掃除をするので十日は引き留めて欲しいこと、以上のようなことが書き連ねられていた。
「……仕事が忙しいとは聞いてたけど、過労気味?」
「……次の皆との旅の前に、早く出来ることは、と思って」
「にしても限度ってモンがあるだろ。天然殿下なんか、正式に皇帝となったら勅命を使うことも辞さないとまで書いてるぜ」
「えっ? ヨーデルってばそんなことまで書いてるんです?」
「あの殿下とフレンの署名があるんだ、思ってるのは間違い無いんじゃない? 二人とも」
「う……」
しおしおと萎びた野菜のようにしゅんとする少女の姿に、青年は先程吐いたものとはまた違う意味合いで溜息を漏らす。
「あの二人の『お願い』を反故にするのは後が怖そうだし、仕方ない」
「それじゃあユーリ、置いてくれるんです?」
「隣の部屋が空くまではな。……たく、何でこんな時に年に何度も来ない客が居るんだか」
下宿先を提供している女将が聞いたら間違いなく怒られそうなボヤキではあったが、それも勘弁して欲しいと思う。聞こえなかったのか、何か言ったのかと小首を傾げた少女に、青年は肩を竦めた。
「静かな日々はしばらくお預けかと思って」
「わたしそんなに煩くしません」
「はいはい。取り合えずオレは腹減ったし、どうするのかはそれからな」
「分かりました」
着替えるから、先に下の食堂に行ってくれと告げると、彼女は頷いて部屋を出て行く。続いてするりと閉まりかけたドアの隙間から相棒が出て行くのを見送ってから、一人残った青年は手紙をテーブルの上に投げるようにしながら呟く。
「こっちの事情も考えろっての」
窓から入った風に揺れた便箋。二名の署名が記されたその下には、必要なら遠慮なく毛布なりの差し入れをする、と今の青年の状況を揶揄するような追伸が記されていた。