「あら、こんにちは」
「ああ、こんにちは。仕事ですか?」
「ええ、そんな所ね。団長さんこそ……お仕事?」
新興都市ヘリオード。かつては格差が見られた街ではあったが、魔導器が使えなくなった後に身分差を越えて人々が団結し街の守りを固めたことから、オルニオンとはまた違う意味でその名に相応しい「新興都市」として発展した街。
その街の下層地区に作られた湖の前の広場には、人々が休めるようにとベンチが幾つか設置されている。その一つに座って愛用の槍を手入れしていたジュディスは、今や滅多に帝都から離れないはずの珍しい顔を見つけて声を掛けていた。
皇帝に即位したヨーデルの名実共に側近である、騎士団長のフレン・シーフォ。彼は皇帝の側近であり一の騎士であり、更に騎士団をまとめる長で、その忙しさは親友で幼馴染のユーリ曰く冗談のようなもの、らしい。
「半々ですね。この街の視察のついでに、数日休養してくるようにと陛下から勅命を賜ってしまって。その視察は昨日のうちに済んで、今日は急な話が入らなければ休みなんですが……」
「落ち着かない?」
「ええ。いざ休みとなって、何をすれば良いのかと考えてしまって」
苦笑を浮かべた青年に、ジュディスは面白そうに笑った。
「ユーリの話通り、本当に真面目で堅物なのね、団長さんは」
「ユーリが楽天的で奔放過ぎるんだ、絶対」
「うふふ。お互いに良く分かっている所はとっても似ているけれど」
「そう、でしょうか」
「例えばあなたの副官さんが嫉妬するくらいには分かり合っていると思うわ」
「ソディアが嫉妬、って。ただ、彼女は真面目だからユーリとはそりが合わないんでしょう」
大真面目にそう返したフレンに、ジュディスは微笑を崩さぬままに内心でこういう所も似ているかしらと思っていた。人に注目されることには慣れていて、人の機微にも鋭いけれど、どこか自分に向けられる好意には疎いところがある。そんな所だ。
そう言えばと立ったままのフレンに、座ったらどうかしらと勧めたジュディス。
「何もすることが無いなら、何もしなくてもいいんじゃないかしら。ただ、ぼうっとする時間も時には必要なものよ、団長さん」
「そう、ですね」
深くベンチに腰掛けて、背もたれに背を預け、ただ、目の前の穏やかな水面を見つめるフレン。その隣では、ジュディスが槍の手入れを再開していた。
「いいもの、ですね」
「うふふ、ありがとう」
「ユーリから聞いています、強力な槍の使い手だと。闘技場でも二百人斬りを制覇したそうですね」
「戦いを求めていたらそうなっただけ。年頃の女としては、少しどうかしらと思わないでもなかったけれど」
小さく肩を竦めて見せたジュディスに、フレンは何気なくこう返した。
「ですが、それに挑戦するのはあなたにとって自然なことだったのでしょう? それを成すことこそ素晴らしいと思いますし、自分の求めるものを自らの手で成し遂げられるあなたは、少なくとも私は、ただ着飾っているだけの女性よりとても素敵だと思います」
真っ直ぐにジュディスの瞳を見つめて言ったフレンに、彼女は虚を突かれたような表情で瞳を瞬いた。
そして、くすくすと声を立てて笑い始める。
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
「あ、いえ。こちらこそ唐突に済みません」
「いいのよ。少なくとも、団長さんは闘技場で戦うような女でも良いと思ってくれているのでしょう?」
「えぇ。是非一度、お手合わせ頂きたいくらいです」
「それはこちらこそお願いしたいわ。……でも残念、もうそろそろ行かなくちゃ」
ベンチから立ったジュディスに気付き、腰を浮かせかけたフレンをしなやかな手が制した。
「あなたは休暇なのだから、気にせずゆっくりしていて。お話出来て良かったわ、団長さん」
「こちらこそ。ですが、休暇中ですからフレンと」
微笑んでそう言ったフレンに、あら、とジュディスは笑う。
「そうだったわね」
頷いて、それから何を思いついたのか彼女の瞳が悪戯に煌いた。背を屈めたジュディスに、何事かと見上げたフレンの額に、軽く触れて離れていく熱。
「またね、フレン」
すぐ近くで囁くように響いた声。そして離れていく気配。間を置いてようやく「何が」起こったのか理解したフレンは、右手で額を押さえながら声を上げた。
「ミズ・ジュディス!」
「友達にそんな堅苦しく呼ばれたく無いわ?」
「……ジュディス」
「なにかしら?」
「次に会った時にも、付き合ってもらえるかな? 手合わせでもいいから」
「ええ。団長さんではなく、ただのフレンなら、だけれど」
言って、肩越しに微笑を見せてから今度こそ遠ざかっていく背中。体を捻って見送っていたフレンは、深い息を吐きながら空を仰いだ。
「マメに休暇を取る様に、との陛下のご希望が叶えられそう……かな」
その前に、しばらく事務仕事ばかりで鈍ってしまった勘を取り戻さないと、と休暇を使った鍛錬の計画と、帰還後の予定の変更を決めたフレンだった。