「……!?」
「……!?」
跪いて横たわる彼女に触れるか触れないかの――客席からはキスをしているように見えるような体勢を取っていた青年は、後ほんの僅かの距離を思わぬ衝撃で詰めることになる。
零れ落ちそうなくらい見開かれた琥珀の瞳に、やはり青の瞳を見開いた自らの顔が大きく映りこんでいて。
それまで舞台袖下に居る語り部役のソフィの声がはっきり聞こえてきたのに、今はどこか遠くに聞こえていて。
離れなければ、そう思いながらも鳴り止まない拍手が聞こえてきて体が動かない。
幕が下りるまでは。
そうして二人は、重なり合ったその熱を、幕が下りるその時まで互いに感じ続けた。
「…………」
「…………」
背後で幕が降りた、それを気配で察したアスベルは上体を起こした。同じく、それまで横たわっていたシェリアも、ゆっくりと上体を起こす。
どうしようも無く、頬が熱い。
そんなことを思いながら二人が見たのは、彼らより前に立って、それはもう盛大に泣きの演技に徹していた「妖精さん」役の男だ。
「…………教官」
常に無く低い声で男を呼んだ青年に、振り向いた方はと言えばいつもどおりの顔で振り向く。
「どうしたアスベル?」
「どうしたも何も、蹴りましたね」
「蹴ったとは人聞きの悪い。あれは演技に熱が入るあまり勝手に動いた足が偶然お前の背中に当たっただけだ」
しらっ、と真面目に答えた彼は、同じ様に頬を染めて己を睨む一組の男女を見て口角を持ち上げた。
「オレは演技に徹していたから何が起こったのかは分からんが、二人ともどうした、頬が赤いぞ」
指摘されて思わず、と言った様子で顔を見合わせたアスベルとシェリアは、益々頬を染めて共に視線を逸らす。
「誰かさんが見たら『青春だ』と言いそうだな」
「っ、や、やっぱり分かっててやったんじゃないですか!」
「教官!!」
怒声が聞こえたのか、袖に下がっていた残りの役者二名が顔を覗かせた。
「おーい、どったの?」
「まだ観客席には大勢の人が居るんですよ、静かにしてください」
「済まなかったな。前を向いていて二人の『熱演』が見れなくて残念だと言ったら照れてしまったようだ」
「あたしもー。舞台袖は暗かったし、この衣装だと首が回らないから視界がいつもより狭いんだよね」
「だったら早く着替えたらどうですか。……貴方とシェリアが舞台裏に下がってくれないと、僕達がいつまでも着替えられないんです」
眼鏡を押し上げて言ったヒューバートに、パスカルは鏡の着ぐるみに包まれた体ごと傾けて言う。
「着替えたいの?」
「ええ、少しでも早く。こんなことでも無ければ一生着ることは無いと思っていた服装ですから、落ち着かないんです」
「えー、似合ってるのに勿体無いよ〜」
「褒められても全く嬉しくありません!」
「ヒューバート、客席に人が居るから静かにしろと言ったのはお前だろう」
喉の奥で笑いながら二人に歩み寄ったマリクは、右手に嵌められたままだった「妖精さん」を外しながら少年を嗜め、舞台袖へと押し込むようにして消えた。
残されたのはアスベルとシェリア、二人だけ。
「逃げられた……」
「逃げられたわ……」
異口同音に発せられた言葉に、やなり思わず顔を見合わせた二人は、カッと熱くなった頬を見られないように視線を逸らした。
「き、着替えるから、行くわね」
「あ、ああ」
ドレスの裾を気にしながら立ち上がったシェリアは、先に舞台袖から舞台裏に行ったと思われる三人を追って消え、片膝をついたままだったアスベルはそれを見送ってから深く息を吐く。
(どう、しよう……)
そう思っただけで、連鎖的につい数分前のことを思い出した彼は一人頬を染めた。
同じ時、舞台裏に向かいながら先に舞台から消えた彼女も同じことを思って頬を染めているとも知らず。