「ancora」より冒頭
「アスベル、お手紙」
「手紙? 俺個人に宛ててのか?」
「うん」
ラント領主としての執務に勤しんでいたアスベルが、そろそろ休憩しようかと手を止めた時、丁度良く訪れたのはソフィ。戦いを終えた後にケリーの養女としてラント家の一員となった義妹だった。
既にあれから二年が経ち、より表情や語彙が増えたソフィだったが、仲間たちに対して単語で話す癖は中々抜けないようだ。苦笑しながらも尋ねてみれば、珍しいと思いながら手紙を受け取る。
アスベルに知人が少ないわけでは無いが、本格的に領主として執務を執るようになってからは「ラント領主」宛てに届くものが殆どで、個人に宛てられた手紙というものは少ないのだ。
受け取った手紙の差出人を見てみれば、見覚えの無い名前が記されている。
誰だろうと思いながらも、取り合えず封を開いて便箋を取り出した彼は、最初の数行に目を走らせて、ああ、と笑った。
「アスベル?」
「誰かと思ったけど……、ソフィ、ベラニックでやった劇の作家さんだよ」
「あ、『シェリ雪姫』?」
「ああ」
頷いて更に先に目を通したアスベルは、しかし次第に笑みを固まらせていく。
その変化を不思議に思って小首を傾げながら見ていたソフィは、義兄が便箋を元のように折りたたんで溜息を漏らした所で声を掛けた。
「どうしたの?」
「…………簡単に言うと、依頼の手紙だ」
「依頼? アスベルに?」
「正確には俺だけじゃなくて、皆に、だな。封筒では俺宛になってたけど、中身にはソフィの名前も書かれてた。皆にも同じような手紙を出した、らしい。シェリアだけは、丁度ベラニックを訪問していて直接依頼されたみたいだけど」
はあ、と再び溜息を吐いた青年。ソフィは少し考えて、思いついた答えを口にする。
「もしかして、劇の再演をして欲しい、って言う依頼?」
「……ああ、その通りだ」
「わたしやりたい。……アスベルは嫌なの?」
「嫌というわけじゃ……。パスカルの発案した暖房のお陰とか、教官の取り組みでベラニックも大分環境が良くなってきているらしいけれど、娯楽は少ないというから皆に喜んでもらえるなら……。しかし」
あれを、もう一度?
二年前の――今回の依頼を受ければ初演ということになるのだろう――ことを思い出した彼は、その頃の自分も思い出して頭を抱えたくなった。
*続きは「Opus.A」で。