そもそもの始まりは、いつからか上司が持って来るようになった菓子だった。
おおよそ月に一度持ち込まれるそれは、女性は勿論のこと、甘味好きな男性にも好評で。回を重ねるごとに評判は評判を呼び、いつしか軽い争奪戦にまで発展している。
その月に一度の機会に、唐突に「上」からの呼び立てがあった上司に頼まれ、都下の閑静な住宅街に近い場所にあるその店を訪れた彼女はそこで意外な人物と再会することになる。
「いらっしゃいませ」
扉を開けるとドアベルが響いた。それを合図に奥から出てきた女性が笑顔と共に来店の挨拶を口にした。
「店内でお召し上がりになりますか?」
「あ、いや。私は頼まれて……」
「頼まれて?」
小首を傾げた女性は、僅かに思案した後にああと何かに思い当たったように頷く。
「もしかして、フレンの月一度の?」
「そう、です。警視の代わりに参りました」
「彼から連絡があって聞いているわ。ソディアさん、ね。少しお待ち頂けるかしら?」
微笑しながら言って、恐らく厨房があるのだろうそこへ戻った彼女。そして一拍置いて後、出てきた姿に彼女――ソディアは目を見張った。
「フレンの代理ってのはあんたか?」
「……っ、ローウェル警視!?」
現れた黒髪の店主は、確かに二年前、ソディアの上司と双璧と噂された最年少の警視となったその人だった。昇進直後に一身上の都合で依願退職したということは風の噂で聞いていたが、まさか。
「オレを知ってんの?」
「は……。新しい制度で早期に入りましたので、警視のご在職に一ヶ月ほど重なっております。フレン警視から伺っておりました」
「まああいつの部下なら知っててもおかしくないだろうけど。オレはとうに辞めた人間だし、階級呼びは勘弁してくれ」
「いえ、ですが」
「にしても、肝心の今のオレのことは言ってなかったんだな。相変わらず、どっか抜けてるぜ」
戸惑うソディアをよそに、仕方ないという口調で肩を竦めた店主に、店員の女性が微笑のまま言う。
「あら、類は友を呼ぶ、と言うじゃない」
「……それはオレが抜けてると言いたいわけか、ジュディ?」
「エステルもリタもカロルもおじさまも、そうなると私も、かしら」
うふふ、と楽しそうに笑う姿に苦笑しつつ、店主は手にしていた箱を彼女に渡した。
「これ、包んでやって」
「了解、オーナー」
「悪いが仕事中なんでね、オレはこれで戻らせてもらう。フレンに働きすぎんなって伝えといて」
返事を返すのが躊躇われるような伝言を頼まれ口篭ったソディアだったが、店主は本当に作業中に出てきたのだろう、口元を持ち上げて笑うだけですぐに厨房へと戻る。
「お待たせしました」
「あ、手間を掛けてしまって申し訳ない」
「いいえ。フレンから伝えられる皆さんの感想にはオーナーも助かっているから、これくらいどうってこと無いわ。保冷剤は入れておいたけれど、出来れば早めに冷蔵庫に入れて頂戴ね」
紙袋に入れられたそれを受け取ったソディアは、見送る店員に会釈をして店を後にした。
そして職場に戻った彼女が頼まれた品を渡しながら伝言を伝えるべきかどうか迷っていると、上司からずばり言い当てられ、相変わらずだなと笑った姿に「類は」から始まる格言を思わず脳裏に浮かべてしまった彼女が居たことは余談である。