一応、嫌われているわけではないと思う。寧ろ梳かれているだろう。調子が良いが、その辺については意外なほどきちんとしているというか、線引きがあるというか。旅をしている頃に見ているから間違いではないはず。
都合が合わず、半年程顔を合わせる機会が無かった男の背中を見つめながらリタは思っていた。
恐らく半年も間が開いたのは、実は無駄に要領の良いこの男が、いざという時に堂々と言える『言い訳』を作りながら避けまくっていたからだ。
十中八九その原因は、前回会った別れ際の少女の一言だろう。
『あたし、あんたのことが好きだわ』
船が出発する直前、しかも直後に汽笛が高らかに響いたものの、男の表情が一目見て「驚愕」と言えるそれに変わっていたことから、リタの言葉は届いていたも同然で。
だからこそ半年もの間「逃げて」いたのだろう。リタ自身、研究が忙しかったこともあり、あえて沈黙を保っていた。しかし皇帝とユニオンからの共同の開発研究の依頼を伝える為とは言え、自ら足を運んだのは何かの決着なり折り合いなりをつけて来たはずなのだが――、男はリタと顔を合わせると一瞬固まり、明らかにぎこちない態度で挨拶し、以降挙動不審も顕だった。
取り合えず部屋に招き入れて茶の用意をすると言って外していたが、どうしたものか。
はあ、と一つ溜息を吐くとぴくりと揺れる肩。
「砂糖は入れてない。ミルクかレモンなら自分で入れて」
言いながらテーブルに歩み寄り、男の前にティーカップを置く。テーブルの中央にミルクの入った小さなピッチャーとレモンスライスを置いたプレートを置く。最後に向かい側の端に自らの分のティーカップを置いてから席に着くリタ。椅子を引いて俯きがちだった顔を上げれば、正面に座った男の視線がサッと逸らされる。
「…………おっさん、いくら何でも態度悪すぎ」
「あ、えーと。そういう、つもりじゃなかったんだけどね」
「じゃ何で目逸らしたワケ? ――ああ、きっぱり拒絶しようと思って気まずくて?」
「そうじゃなくって。あ〜……、ちょっと心臓に負担がありすぎて」
「心臓っ!? 何よ! 調子悪いならさっさと言いなさい!」
ガタンっ、音を立てて立ち上がった少女の剣幕に、男はぎょっとしたように背を逸らせた。背もたれに阻まれて椅子がガタリと揺れ、慌てて体勢を立て直した所で少女が男のすぐ横に立った。
「え、リタっち、そうじゃなくって……!」
「診せなさい!」
「だから――」
男の抵抗もお構い無しに胸元のボタンを外して広げ、露出した胸の心臓魔導器に手を当てるリタ。
「――異常は特に、無し……。それにしては拍動が早いわね……」
安心したように吐息を漏らしながら言った少女に、男は心底疲れたとでも言うように溜息を吐いた。
「そりゃ、仕方ないでしょ」
「仕方ない? 何がよ。こういうのは早めに対処しないと――」
「リタっちが触れてるし」
「…………は?」
どくどくと早鐘では無く、けれど平素よりも早い鼓動。触れている手を外せないまま、顔を上げたリタに、男はまた視線を少し逸らした。
「また。だから何よ、何なの!」
「半年って長いんだー、って思い知ってるとこなのよね。――予想以上に、綺麗になってて」
「…………」
頬を赤く染め、ぱくぱくと言葉も無い様子の少女に気付き、男は口元を持ち上げて自らの左胸に当てている彼女の手に右手を押し当てる。
「おっさんはさ、生き返ってからまだ一年くらいだし。正直まだ、どうして良いか分からなくなったりするわけよ」
「…………うん」
「だから、今はこれで勘弁して?」
「……ん」
いつか、ちゃんと言葉で伝えるから。
この作り物の心臓が、こうして平素より早く拍動するその理由を、いつか。
頷いて、俯いたままの少女に囁くように降って来た声。リタは途切れることなく命を繋ぐそれの上に置いた右手を僅かに強く押し当て、気付いた男は更にその上に置かれた右手で包むように握り込んだ。