「随分と賑やかだな」
始祖の隷長となったバウルの力を借りて、人の身では降り立つことの出来なかったコゴール砂漠の天高き岩場――フェローの岩場に辿り着いた一行。
そこでダングレストで相対して以来の対面をようやく果たしたものの、結局真相は先延ばしになった。フェローの示した道――クリティア族の街を探す為に、取りあえずアスピオに向かうことは決定していたが、まずはその前にテムザ山での連戦の疲れを癒す為にと、水と黄砂の街マンタイクへと立ち寄ることにしたのだ。
そろそろ地平線の向こうが赤く染まってきた、そんな頃合に街に入ると何やらそこかしこで忙しく行き交う人々の姿があった。
「取りあえず、宿、宿に行きましょ……。暑い、耐えられない……!」
「さ、賛成……。バウルのお陰で行きより断然楽だったけど、やっぱり暑い……」
不思議に思うよりもまず暑さに耐えかねた年少二人組みが疲れた様子で言った。
「あなた達、テムザで魔狩りの剣を相手にかなり戦ったんでしょう? 帰りは船室で少し休めたでしょうけど、早目に宿を取って一端落ち着くとしましょう」
「そうねぇ。何か旅人も結構居るみたいだし、取りあえず今夜の宿は確保しといた方が良いかもね」
ジュディス、レイヴンの意見にエステルも頷いた。暑さにやられているリタとカロルを心配そうに見ている。
「んじゃ行くか。これも、宿で誰かに聞きゃ分かるだろうし」
「そうですね。お祭でも始まるんでしょうか?」
エステルの問い掛けのような呟きに、さあなと返しつつ、宿屋に行くことが決まった途端にさっさと走り出したリタとカロルを追うべく、ユーリはゆっくりと歩き出す。
ふと見るといつも隣を歩いている青い毛並みの相棒は、先に行った二人を既に追っていた。
テムザ山からの帰りはこちらが断然早いとは言え、ここは砂漠に入る者も砂漠から出た者も必ず立ち寄る街だ。魔狩りの剣に所属する者にすれば思い切り邪魔することになった凛々の明星に出くわしでもすれば、ひと悶着は起こるかもしれない。
まあ恐らくは魔導少女が「以下省略」と火球を放ってそれで終わりだろう。もしかしたら暑いからと水の戯れかもしれない。頭に来ていたら狂気と強欲の水流にしようとするかもしれないが、さすがに街中ということでカロルも必死で止めるだろう。ラピードも居るからその辺りの心配は無用だ、恐らく。
体は小さいとは言えその実力は並みの大人で敵うものではない。けれどやはり純粋な腕力ともなれば大人に圧し負けてしまうのだから、特に疲れ切っている今は用心しておいても損では無いはずだ。
相変わらず気の利く相棒だ、ユーリは宿の前の日陰で大人しく座ったラピードを視界に捉えて内心で思いつつ、こめかみから落ちてきた汗を右手で拭った。
キュモールの支配から解き放たれ、それでもその後にコゴール砂漠と東平原を結ぶ唯一の道となっているカドスの喉笛が一時期フレン隊によって通行不可とされていたが、それも過去のものとなった今、ここにしかない物を求める商人や珍しいもの好きの旅人が訪れることも珍しく無くなっている。
以前は数人が泊まれれば良い程度の広さだった宿屋だが、そのせいで倉庫として使っていた離れを改装したのだと主人は語って聞かせ、運が良かったですねと付け加えた。
「祭?」
「ええ。昔からこの街で毎年やってる祭なんですがね、その時期にはそんなこと出来る状態じゃあなかったですから。ようやく落ち着いたので、例年より遅くなりましたけど開催が決まって」
にこにこと笑顔で答えた宿の主人に、涼しい屋内に少し気力を取り戻したカロルが首を傾げてから尋ねた。
「確かマンタイクが解放された時にもやってたのに?」
「あれは解放された記念ですから。今夜のが本来のこの街の祭なんですよ」
是非楽しんでいってください。離れの鍵をユーリに手渡してからそう言い添え、主人は部屋を後にした。
「祭、ねぇ。こりゃあ買出しは明日の出発前のが良いか?」
「そうですね。人もいっぱいでしたし、何よりも皆疲れてます」
「ワン!」
ユーリの言葉にエステルが頷くと、ラピードが同意するように短く吠えた。
「アスピオは逃げないのだし、そこで手がかりを得てもまた移動ということになるでしょうし、今日くらいはゆっくりした方が良いわ。フィエルティア号はノードポリカに向かっているのよね?」
「うん。テムザ山を出る時にリタ特製の信号弾で知らせたから」
「夜は自動操縦にするとして、それでも到着は二日後かしら。海の上で合流した方が早そうね」
海の上で合流。
ジュディスの言葉をそれぞれに解釈して脳内で思い浮かべた面々だったが、そこで疑問の声を上げた者が一人。
「アスピオは逃げないってのも、今日くらいゆっくりするってのも分かった。けどバウルっていう最速の移動手段から船に乗り換えるのは賛成出来ないんだけど」
荷物も靴も半ば放り投げるようにしながら、早々に寝台の一つを確保していたリタが胡坐を掻きながら言うと、ジュディスが相変わらずの微笑を浮かべながら淡々と答えた。
「あら、反対? 成長したからこそ全員がバウルに乗れたわけだけれど、それでも彼にしがみ付いて乗っているのは大変だったでしょう。此処からアスピオへは、最短距離をとってもテムザ山からマンタイクよりも長いわ。だからこそフィエルティア号と合流するべきだと思ったのだけれど」
「……ジュディ、つまりバウルはフィエルティア号ごとオレ達を運んで飛ぶことが出来るのか」
ジュディスの言葉から察したユーリが補足するように問うと、いつでも涼しげなクリティアの槍使いは、えぇと頷く。
「今のバウルなら不可能では無いわ。私は慣れているからどちらでも構わないけれど、あなた達はその方が快適に移動出来るでしょう?」
「そ、そりゃあもう! ここまで来る時だって、飛ばされたらどうしようって思ったし」
「ははっ、これでもかってくらい目ぇつぶってしがみ付いてたもんな、カロル先生は」
「ユーリは少し楽しそうでした」
「ガスファロストに行く前に成長前のバウルに乗せてもらったが、あん時は景色を眺める余裕なんてなかったからな。その点、成長したバウルは掴まってさえいりゃ安心して乗ってられたし?」
「えぇ〜、おっさんはカロル少年に賛成〜。下見るとぞっとしちゃう」
「おっさんに同意するわけじゃないけど、あたしも。フィエルティアの船室に居れば移動中も本が読めるわ」
「ワォン!」
ラピードも同意するように吠え、ユーリは小さく肩を竦めた。それを見ていたエステルはくすくすと笑ってから言う。
「確かに足元が安定する方がほっとします。景色はとっても綺麗でしたけど、どちらかと言えばわたしもカロル達に賛成です」
「あら、残念ね。私達は少数派のようよ、ユーリ」
「仕方ねぇから多数派の意見を受け入れるとするわ。まあ、フィエルティアに色々置けるようになる分、確かに便利だしな」
「それじゃあ明日は出発前に足りないもの補給して、それからバウルに乗ってフィエルティア号と合流だね!」
カロルが決定、と拳を振り上げながら言うと、仲間達はそれぞれの表情で――ラピードは尻尾をぱたりと一つ振って吠えた――頷いた。