笑顔は仮面。その仮面同士をつき合わせて交わされる会話。緩やかに流れる旋律と、囁きや声が重なり合った人々のざわめきと、華やかにして欺瞞の満ちたその場所。
縁なんて二度と出来ないと思っていたその世界に、彼は今、相応の衣服を身に纏って立っていた。
気を抜けば眉間にシワが出来、目線は鋭く、口元は曲がりそうになる。
「ユーリ、忘れたの。笑顔だよ、笑顔」
不穏な空気に気付いた少年が言いながら口の両端を指で持ち上げて見せると、ユーリは深く溜息を吐いて瞼を伏せた。
「何だってまあ、こんな所に居なきゃなんねぇんだか」
低い声で呟いた青年に、カクテルグラスを銀のトレイに乗せたメイドが通りかかり、微笑みと共にグラスを勧める。
「気付けにいかがですか?」
「……随分と楽しそうじゃねぇか、ジュディ」
「あら、貴方は楽しんでいないの?」
は、と苛立ちも顕に息を吐いた青年は、カクテルグラスの一つを自ら手にすると、中身を一気に呷った。綺麗な色とフルーティな味わいとは裏腹に、かなり強めのアルコール。
「勘弁して欲しいね、心から」
「おっさんはいっそのこと青年と代わって欲しいくらいだわよ」
あー羨ましい、そう続けた背後から現れたレイヴンに、ユーリもカロルも一瞬目を瞠った。
「……おっさんも居たのか。あんた、顔見知りに出くわすかもしれないって裏方に回ったんじゃないの」
「どう見てもそれ、ボーイの格好だよね」
「ま、大人の事情ってやつよ。裏方に行ったらそっちで俺様を知ってる奴と会っちまったわけ。下働きでなんてとても扱き使えません、後生ですから、なんて頭下げられちゃったらこっちに来るしかないでしょ?」
大丈夫、許可は取ったし適当に動いてればいいらしいし。そう言ってユーリ達の傍を通り過ぎた彼は、そうだと思い出したように足を止めて肩越しに告げた。
「もうそろそろ主役の準備が整うみたいよ。おっさんものっ凄く残念だけど、こうなったら青年、覚悟決めないとね」
「わーってるっての」
「あ、ユーリ、噂をすればだよ」
ジュディスよりも落ち着いたメイドの衣装を着たリタが、ホールの階段上の扉を開いて出てきた所だった。そして扉を開いたまま控えると、そこから女性が一人出てきた。
亜麻色の髪を上品に結い上げ、華美ではないもののその価値に目を瞠らせる精巧な細工の施された装飾品を身に着け、紫の瞳と合わせた夜会用のドレスを纏った彼女こそ、パーティの会場となっているこの邸の一人娘であり、今回の凛々の明星の大元の依頼人である女性だ。
そして今夜、ユーリがエスコートする人物でもある。微笑を浮かべながらゆっくりと階段を下りてくる様子に、彼は静かに一歩踏み出し、最後の一段を降りる前に右手を差し出した。
「ありがとう」
その一言に頷くと、彼もまた「仮面」を着ける。
「では参りましょうか、ユーリ」
「承知してますよ」
今夜の依頼、それは彼女の「仮初の恋人」として本物が到着するまでの間ユーリがエスコートをすること、だった。