コロン 不動産担保ローン waltz 3.Party night 【3】



(明日は顔面筋肉痛になりそうだぜ……)
 普段から無愛想というわけでは無いが、どこかの誰かのように微笑がデフォルトというわけでは無い。しかし絶賛「虫除け」中の身としては、笑顔を崩すわけにも行かず、心中で思うに留めていた。
 カウフマンの友人であるという依頼人は、さすがに彼女の友人であるだけにしっかりと自分を持っている女性で、パーティが始まった後に挨拶をすることになった父親と違い、素直に好感が持てる人物だ。カウフマンには愚痴のつもりで駄目元で話したとかで、依頼を受ける際に顔を合わせた時には申し訳なさそうなくらいだった。
 願わくば彼女の恋人が少しでも早く駆けつけてくれるのを祈るだけである。
「ユーリ、何か持って来る?」
「オレは気にすんな。カロルこそ食いっぱぐれんなよ? 宿に戻ったって何も無いんだからな」
「大丈夫。レイヴンが厨房の顔見知りに、余り物取っておいてくれるように頼んでくれてるんだ。それに少しずつ摘んでるから平気だよ」
「左様ですか」
 答えつつ、通りかかったボーイからカクテルグラスを受け取ったユーリ。一気に呷ることさえしなかったものの、かなりのペースでグラスを傾ける青年に、カロルは僅かに眉を潜めた。
「少し飲み過ぎじゃない? それ何杯目?」
「さてな」
「さてな、って……。二日酔いになっても知らないよ?」
「ならねぇよ。飲んでも飲んでも端から抜けてってんだ。ていうか飲まずにやってられるか」
 言って、残り半分となった中身を飲み干すと、都合良くメイドとして動き回っていたジュディスが近づいて来た。
「荒れてるわね」
「あ、ジュディス。良い所に」
「何かの間違いじゃねぇの? これ以上無いってくらい愛想良くしてると思うんだけど」
 にっこり、微笑を深めて見せたユーリに、その横顔が見えたのか一歩後ろに控えるように立っていたカロルが口元を引き攣らせながら慄いた。
 空となったカクテルグラスを差し出された銀のトレイの上に置いたユーリに、ジュディスは絶妙なバランスで自分の元へ戻しながら言う。
「予定ではもう少しのはずよ。悪いことばかりじゃないと思うから、もう少し我慢して」
「ここでオレにとって悪いことじゃないことなんてあるのかね」
 溜息を吐いた彼は、つと視線を持ち上げた。
 依頼人は化粧直しをすると言って一度自分の部屋へと下がっている。だからこそこうして会場の隅でカロルと話して居たのだが……、それにしては少し遅いような気がする。
 そう彼が思ったその時、階上の奥から依頼人が姿を現した。
 ただしその隣には、見知らぬ青年の姿。
 他の招待客も気付いたのか、会場となっているホールがざわめいた。二人はそんなことなど気にも留めていないと言った様子で、現れた青年が依頼人の女性の右手を取って一歩先に階段を下り始める。慣れているとは言い難いものの、卒の無いエスコート振りである。
「あら、意外と早かったわね」
「意外とって。レイヴン知ってたの?」
「カウフマン女史から聞いてたわよ。性質上、幸福の市場はテルカ・リュミレース全土に輸送網を持ってるって言っても過言じゃないでしょ。その輸送網の全力でもって少しでも早くダングレストに辿り着くように、ってあの彼氏に連絡してたみたいよ」
 その二人はパーティに参加していたそのカウフマンと語らっている。いつもとは違う表情なのは、やはり依頼人の女性が大切な友人ということだからなのだろう。
「ともかく、これで解放されるってわけだな」
 気を抜けば無意識のうちに喉元に手をやって、タイを緩めてしまいたい衝動に駆られるが、会場に居るうちはと取り合えず抑え、安堵の吐息と共に言ったユーリ。
 ひとしきり会話をして、視線の先に居た三名がユーリ達の元へと歩み寄って来る。
 依頼人の恋人である青年と簡単な自己紹介を終えると、依頼人の女性は微笑しながら言った。
「ユーリさん、有難う御座いました。あなたのお陰で、したくもないダンスや会話をせずに済みましたわ」
「それはどうも。ま、虫除けになったなら何よりだ」
「立派な虫除けだったわね。ただ、招待されてた他のお嬢さん方は逆に釘付けだったみたいよ、ユーリ君」
 ほら、と面白そうに笑みながら視線を会場にはしらせたカウフマン。つられて視線を向けたカロルは、そこでようやく数々の妙齢の女性の視線が集まっていることに気付いて驚く。
「さて、何のことだか? お相手が来たならオレはお役御免てことだろ。帰らせてもらうぜ」
「あら、もう? どうせなら仕事のことを忘れてパーティを楽しんだらいいじゃない」
「そりゃ何の皮肉だ。オレとしては、一刻も早くこのタイを取りたいと思ってるんだがな」
 眉根を寄せて言ったユーリに、カウフマンは肩を竦めてジュディスに視線を向けた。
「彼に言っていないの?」
「サプライズの方が良いかと思って」
「……あんたら、何企んでるんだ?」
 二人の女性は微笑と共に視線をホールの大階段の上へと向けた。何かと思いつつ眉根を寄せたまま見上げたユーリは、メイド姿のリタが現れたことに訝った直後、目を瞠ることになる。
 サファイアブルーの上品でいて艶やかなローヴデコルテ。白いロンググローブと、デコルテの上に輝く艶消した真珠のネックレスはシンプルながらもドレスの色をより引き立て、彼女の肌の白さを強調している。いつもは下ろしている短い髪は、何の魔法を使ったのかと思うくらいに上手に纏められ、両耳で揺れるネックレスと同じ真珠のイヤリングがはっきり見える様に首の細さを意識させられた。
「…………」
 しずしずと大階段を降りてくるリタの後を、左手をスロープに添え、右手でスカートの裾を軽く持ち上げて一段ずつゆっくりと降りてくる彼女――エステルを、呆然と見ているユーリにカウフマンが言った。
「虫除けをするユーリ君と同時にパーティに出てきたらまずいでしょうけど、でも役目を終えた後なら問題ないでしょう?」
「私は大変助かりましたけれど、結果的に殿下にお心苦しい思いをさせてしまうことになってしまいました。ですから、カウフマンに頼んだのです」
「彼に、戻ってくる時に此処へお連れ差し上げるように、ってね」
「ほらユーリ。行かないと、誰かに浚われてしまうわよ」
 カウフマン、依頼人の女性、そしてジュディスに促されてユーリは一歩を踏み出した。
「言っとくけど、素直に礼なんか言わねぇぞ」
 憮然とした声で言いながら大階段の下へと向かった青年の背中に、三つの女性の笑い声。カロルとレイヴンも口元を笑みの形に持ち上げながらそれを見送った。

 足早に大階段の下に歩み寄ったユーリは、まず先に下りてきたリタと顔を合わせることとなった。
「……お前も知ってたな」
「何のこと?」
「じゃなきゃ、本人から頼まれたとは言え、お前が淡々と準備に付き合うなんて可笑しいだろうが」
「ふん。あんたのためじゃなくて、エステルのためなんだから。あの子はあっさり頷いたけど、ほんとは……。あの子に恥かかせるんじゃないわよ」
 小声で言って、そして遠くから集まる視線の手前、ゆっくりと一礼をしてリタはその場を離れる。
 少女の後にゆっくりと階段を下りて来たエステルは、あまり機嫌が良いとは言えぬ様子のユーリに困ったように小首を傾げた。
「怒ってないぞ、別に」
「でも……、面白くなさそうです」
「そりゃな。乗り気じゃなかったし、出来ればこんな所からは早くおさらばしたいけど」
 言って、彼は右手を差し出した。
「あんたがそんな格好で来たからには、そうするわけにもいかないだろ」
「え、あの……ごめんなさい」
「謝るなっての。依頼のためとは言え、一人で留守番させちまったんだしな」
「一人じゃありませんよ? ラピードが一緒に居てくれましたから」
「そうか。そんじゃ、帰る前にはあいつのために何か見繕ってかねぇとな」
「はい」
 小さく笑ってスロープに添えていた左手を持ち上げ、差し出されたユーリの右手に置いたエステルは、最後の一段を下りた。
 そのまま手を取ってエステルを導くユーリは、仲間達や他の招待客の視線を無視するようにホールを横切り、開いた出窓から通じるテラスを目指す。
「あの、ユーリ?」
「酔い醒ましもしたいしな」
 醒ますどころか少しも酔ってはいない青年だが、それは口実というものだ。掌の上で転がしてくれた女性陣への意趣返しも込めて、素直にホールに出る気は無く、また彼女の艶姿をその他大勢に晒す気も無い。
「そんなに飲んだんです?」
「グラス……五杯は確実だな。そっから先は覚えてない」
「ユーリ、飲み過ぎです」
「カクテル如き五杯や六杯飲んだところで正体無くしたりしねぇし、むしろ今日は気付け代わりだ。飲まなきゃやってらんなかったの」
 出窓から外に出るとそこは広いテラスとなっていて、わざと低い位置に作られた広大な庭園を一望することが出来た。パーティが開催されるからなのだろう、そこかしこに魔導器によって燈された灯りが浮かんでいた。
 ユーリは一度彼女の手を離すと、向き合うように立っていつもと違う装いのエステルを見下ろした。本来なら常に着飾っていてもおかしくない彼女に対して、いつもと違うと思うほど共に過ごしてきたのだ、それに対して小さく笑うと、彼女は小首を傾げた。
 右手を伸ばして纏められた髪を留める髪飾りに触れたユーリ。
「これも着けて来たのか」
「あ……、はい。おかしい、ですか?」
「いや。これを着けてるあんたを見るのは、随分と久し振りだと思って」
 に、と口元を持ち上げながら言った彼に、エステルは目を瞬いた。
 彼に出会ってから見せたことはあっても、身に着けたことは無いはずだ。
 あるとすれば、それは。
「姫様、お相手するのはワルツで宜しいんですか」
 見上げた首の角度はあの頃よりも浅いけれど、見上げた先には今は兜を被った騎士では無く黒髪の青年の顔があるけれど。
 見下ろしている夜明間近の宵闇のような色の瞳と、問いかける少し皮肉気な声は確かに……。
「お相手して、頂けるんですか、騎士様?」
「今は騎士じゃねぇけど……」
 右手を胸の上に置いて礼をしながら左手を差し出した青年は、言った。
「姫様の仰せのままに」


 まるで待っていたかのように緩やかな旋律が響きだすと、テラスにちらちらと向けられていた視線は徐々に減り、パートナーと共にホールへと進み出ていく何組かのカップル達。依頼人とその恋人の青年も微笑み合ってからそれに続いた。
 ホールの隅に残った面々は、その様子を眺めてからもう一度テラスへと目を向ける。
「あら、素敵」
 微笑ましいと言った様子で声にしたカウフマンに、リタが小さく鼻を鳴らして顔を背けた。
「これで少しは機嫌を直してくれるかしらね」
「大丈夫っしょ。嬢ちゃんが居れば」
「それは良いんだけど、ボク達はいつまで居ればいいの?」
「エステルの気が済むまでに決まってるでしょ」
 カロルの問いにきっぱり言い切ったリタに、少年は溜息を吐いた。
「……夜明かしするのは勘弁して欲しいなぁ」
「心配なら止めに行ったらどうかしら、首領?」
「そ、それこそ勘弁してよ。お邪魔虫になるのはゴメンだもん」
 慌てて言った凛々の明星の首領に、二つの笑い声と、ご尤もと納得する声と、馬鹿っぽいという少女の声が続く。
 出窓の向こうには、夜空の下で踊る二人の影が浮かんでいた。


Party night
いつかの約束はこの夜に果たされた。そしてこれからは?
Back 【2】 / Party night
これにて「Party night」は終了です。予想通りですが、やはり長くなりました。約10000字。当初では当サイトで定義している通り短編で終わるはずだったんですが……。しかもネタ出しした時よりも二人の絡みが少なくなってる……! とは言え、この話で出逢いの時のことが解決する予定だったのでそれは消化出来て一安心。ちなみに作中のエステルのドレスのサファイアブルーとはこういう色
この三話目を書くまでED後のお話は普通に置かない(企画とかオフでは書いてますが)と決めていたので、これでようやくサイトでも表立ってED後のベタ甘な二人が書けます。取り合えずこの次はED後で、一気に進展しますですよ。
[脱稿:08'11.15 掲載:08'11.16]


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