不動産 Offline「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」Sample



「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」
[文庫判/FCオンデマンドカバー/140P] 1600円

【サンプル】
もう一度、零距離で」「×××」「Honey!」「好きと言わない恋をする
Petit Suite」「星天星夜」「物語の生まれる日常は」「緑揺れる木漏れ日の下で
*タイトルクリックでダイレクトに飛びます。



もう一度、零距離で」より冒頭


 呑み込まれるように、引きずり込まれるように。
 暗い、暗い底無しの深淵へと招かれる。
 苦しい、息が続かない。
 苦しさに耐えかねて開いた口から漏れた僅かな空気も、気泡となってあっと言う間に上昇していく。
 もしかして、かつて人柱となった己の遠い祖先達が招いているのだろうか。
 そんなことが脳裏を掠め、既にはっきりとしない視界の中に「黒」を見つけ、そして――。


 ザウデ不落宮。
 内輪の海の最も中心部の海域、十六夜の海。そこに存在するテルカ・リュミレースのへそに隠されていた古の技術の粋を凝らして造られたのであろう、巨大建造物。
 千年以上もの間、星全体を星喰みから護り、或いは人々から真実を隠し続けていた結界魔導器である。
 その名に「不落」、決して落ちることは無いと冠されたそこも、一人の男の手によって深き海から暴かれ、そして結果的に動力たる魔核が破壊されたことにより機能を停止した。
 現代に生きる人々には未知にも近い技術の塊であることから、これまで立入りが制限されるのみで対応を後回しにされてきたが、しかし魔核が精霊へと変じ魔導器が使えなくなり、それまで結界に護られてきた人々が改めて「世界」へと目を向け始めたことから、新たな可能性が出てきたのだ。
 それは、船の経由港としての役割。
 存在する位置が内輪の海の中心であり、六つの大陸からほぼ等距離であることから、この場所で船が停泊し物資等が補給出来るようになればより安全に航海が行えるのでは無いか、と。
 星喰みを凛々の明星の一行と共に精霊へと変え、世界の危機を救った後も、長く不在であった玉座に就いたヨーデルの副帝として世界を「見て」いたエステルが思ったことだった。
 彼女曰く、思いつきであるこの考えは帝都に戻った際に行われた報告の中に雑談として織り交ぜられ、何気なく皇帝に伝えられたのだが、聞いた皇帝はと言えば良い考えだと実現に向けて動き始めた。
 星喰み騒動の最中、偶然にとは言え生まれた結界の無い街オルニオン。今まで未開と言われていたヒピオニア大陸に街が出来たことや、帝国とギルドの双方が力を合わせて生み出されたことから、良い前例とされ、オルニオンのように何か出来ないかと話し合いが持たれていたのだという。
 エステルは発案者として、凛々の明星はその私的な護衛として、リタは魔導器研究者として、レイヴンは帝国とユニオンとの繋ぎ役として、話に大いに興味を持った幸福の市場の社長カウフマンを始めとするギルドの者達や、一団の護衛である騎士隊と共に視察に訪れたのだった。
 幾つかのアクシデントはあったものの、概ね予定通りに視察は終わり、また後日機会を作り帝国とユニオンとの会談を行うことを確認して解散となったのは二日ほど前のことだ。
 エステルは明日の午前中に行われる皇帝との会談に向けて、視察の報告書をまとめに掛かっていた。
(会談が終わった後はユーリと待ち合わせてお買物です……!)
 元々、視察を終えてその報告が済めば再び旅に出る予定となっていた。この二日はそれぞれの休養日として充てられており、各自思い思いに過ごしていたはずだ。明日は出発前の補給も兼ねて、ユーリと市民街の市場で買い物をする予定である。




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





×××」収録『一緒に暮らそう』より冒頭


 唐突に背中に掛かった重みと伝わってきた温もり。そして二本の腕が回されて胸の前で抱き締められた。ユーリは口元を持ち上げつつ、しかし地図からは視線を外さないまま口を開いた。
「本、読んでたんじゃなかったの」
「ちょっと休憩です」
「ふぅん? 新作が出たからってあんなに嬉しそうにしながら読み始めたのに、もう?」
 もう、とのユーリの言葉に、返す言葉が見つからずに困った雰囲気がエステルから伝わってきて、彼は小さく笑う。
 いつもなら、書物を開けば本の世界にどっぷり漬かり、そうそう「戻ってこない」彼女。それが今日は数十分でエステル自身が休憩と言い出したのだから、確かにユーリが「もう」と言ってもおかしくない。
「で?」
「はい?」
「あんたがわざわざ自分から本の世界を出てきたくらいなんだ、何かあるんじゃないの」
 面白そうに尋ねた彼に、その口調に含まれたものに気付いたのかエステルは少しだけ頬を膨らませた。しかし言わなければ彼はこのままだ、ということもこれまでの経験から学んでいた彼女は、小さく吐息を漏らしてから答えを返した。
「ユーリが地図を見ていたので」
「これ?」
「……また、行ってしまうのだと思ったら」




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





Honey!」収録『旦那様は料理上手』より冒頭


(いい、におい、です…………)
 ふわり、と鼻腔に届いた香ばしい匂い。
 これはきっと、今まさに焼き上がりを待つばかりとなった頃合のパンの匂いだろう。
 彼の焼くパンは素人が作ったとは思えぬほどの絶品で、旅をしていた頃、天候の為に宿へ長期滞在することになった時に振舞われるその腕――普段はさすがに街の食材店で買ってくる――は一行の誰もが楽しみにしていたものだった。そして、その時は必ずパンの入ったバスケットが早々に空となるのだ。
 新鮮なバターをつけて食べても良いし、常時数種は常備されているジャム――甘いものが好きな彼が買ってきたり貰ってきたり作ったりするのだ――のどれかをつけても良いだろう。
(今日は、どれが……)
 良いだろうか、そう思った時、彼女は唐突に目を覚ました。
 ぱちり、瞳を開いた彼女の目に飛び込んできたのは、寝室の天井だ。ころりと首を転がせて隣を見れば、既に昨日確かに隣で眠ったはずの青年の姿が無い。
 毛布の中は温かな空気で満たされているが、空いた場所には人の温もりは残っていない。
 チ、チチ、と外から鳥の鳴き声が響いてくる。カーテンが開かれた窓からは眩しい太陽の光が降り注ぎ、その外に広がる青空と相俟って天気の良い朝なのだと彼女に思わせるには充分で。
 がばり、と半身を起こした彼女は肩を落とした。
「また、起きれませんでした……」




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





好きと言わない恋をする」より冒頭


「サンキュ。オレも同じだよ」
 夜闇の中、真新しい木々の香りがする、まだ名も無き街の片隅で。魔導器では無い、ランプやロウソクの灯りが遠くから仄かに照らす場所で。
 明日への決意の中に、これから先の未来への密かな願いも織り交ぜた彼女の言葉は、実に彼らしい言葉で「仲間」に対するものへとされてしまった。
 幾ら箱入りのお姫様育ちとは言え、城を出て数ヶ月。勿論、幼馴染のフレンと相棒のラピードには敵わないものの、仲間達の誰よりも長い時間共に旅をしてきたのだ。彼のことは分かるようになっている。
 だからこそ、気付いてしまった。
 サンキュ、と言いながら、それは彼女の言葉に込められた願いをはぐらかしたものであることに。
(ユーリは意地悪、です。……意地悪で、でも、優しい)
 人の感情の機微に聡い彼が、エステルの――ましてや自分へと向けられた感情に気付いていないはずは無い。
 彼の性格からして、本当に意にそぐわないことはきっぱりと断るだろう。
 それでも、今、ああやって言葉を返したのは、これからも「仲間としてのエステル」を望んだからということに他なら無い。
 これからも、「仲間」としてならば共に過ごすことが出来る。
 それは何と甘美で、それでいて酷い現実なのだろうか。
 それでも彼女は、「仲間」としての立場を失えなかった。
(想うだけなら……、いいです、よね)
 言葉にして告げることで、壊れてしまうのならば。

 ――それなら、好きと言わない恋をしよう。

 例えそれが、薔薇の棘が刺さるように、心の深い場所にいつまでも治ることの無い傷を作ろうとも。
 それで、彼の――ユーリの傍に立つ「仲間」という特別で居られるのなら。




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





Petite Suite」収録『その足音が聴ける日は』より冒頭


「編み物?」
 夕飯の片付けを終え、お茶の用意――勿論トレイの上には青年の手作り菓子もある――を整えて居間に足を踏み入れた彼は、ソファに座って何かをしている妻の背後から手元を覗き込み、短く尋ねた。
 気配で気づいていたのだろう、さほど驚くこともなく夫の問いかけに頷いた彼女は、両手に持つ編み棒と膝の上の本を見比べながら慎重に編み進めている。
「はい。本を見ながら、なので少しずつですけど」
 少しだけ編み進め、編み棒ごと本の上に置いた後、それらを膝の上からどかして夫を見上げる彼女。
「ほい、エステル」
「ありがとうございます、ユーリ」
 差し出されたマグカップを受け取った彼女は、ゆっくりと一口を飲み、その温かさと甘さに頬を緩めた。
「で、何編んでるの?」
 隣に腰掛けながら重ねて尋ねた青年に、エステルはもう一つカップを傾けてから答える。
「靴下、です」
「靴下? まあ、これから寒くなるし毛糸でも良いと思うけど。にしては珍しい色だな」
 途中で置かれた編み棒の先から延びる毛糸は淡い黄色。似合わないことも無いが、普段は白や桃色を好んで身の回りの物を揃えている彼女には珍しい色だ。
 不思議に思いながら言ったユーリに、エステルは微笑する。
「わたしのでは無いですよ?」




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





星天星夜」収録『星天請夜』より冒頭


「少し散歩に行かない?」
 珍しくも青年がそう言って彼女を誘ったのは、空が濃藍に染まり、銀砂を散らしたような星空が広がる時間のこと。
 夕食もその後のデザートも終わり、お茶を飲みながら談笑していた、それがふと途切れた際にそう言われた。いつもと違う様子に、誘われたエステルは不思議に思いながらも頷き、二人連れ立って家を出たのだった。
 さすがに足元が暗いから、とエステルがリタから贈られたマナ式の小型角灯を持ち出そうとしたが、見えるから大丈夫と青年は彼女に向かって右手を差し出す。
 淡く頬を染めながら差し出された右手に己の左手を重ねたエステルは、緩く手を引かれながら青年と共に歩き出した。
 てっきりこのままハルルの樹の広場に向かうものだと思っていたのだが、青年が手を引く方はそこから少し外れた――ハルルの街の墓地の方だ。
 ますます不思議に思い、小首を傾げた彼女に気付いたのか、闇に溶け込むような色彩の彼――ユーリは口元に苦笑を浮かべながら言った。
「あんたを、紹介したい人が居る」




*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





物語の生まれる日常は」より冒頭


 不意に響いたノックの音に、それまで紙面に視線を向けてペンを持つ手を動かしていたエステルは顔を上げた。
「ユーリ?」
「悪い、エステル。開けて」
 どうしたのかと思いながらも机から離れ、扉を開いたエステルは、片手に二つのカップと、もう片方の手に菓子を盛った皿を載せた青年の姿を見つけて笑みを零す。
「少し休憩しない?」
「はい。有難う御座います、ユーリ」
 青年を部屋の中に促し、扉を閉めた彼女は机に駆け寄ってノートを閉じる。彼女の仕事道具とも言えるそれらを引き出しの中に片付けた後、何も無くなったその上にカップと皿とが置かれた。
 エステルは眼鏡を取ってケースに入れた後、ユーリに礼を言いながらカップを手にした。ミルクたっぷりのコーヒーを一口飲むと、ふぅ、と吐息を漏らす。
「はかどってる?」
「はい。でも少し先をどうしようかと思っていたので、ユーリが来てくれて良かったです」





*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。





緑揺れる木漏れ日の下で」より冒頭


「今日も良い天気、です」
 身支度を整えてから、自室の空気を入れ替える為に窓を開け放ったエステルは、見上げた空の蒼さと、差し込む日差しに眩しそうに瞳を眇めながら呟いた。
 しかしその言葉に明るさは無く、どこか沈鬱な様を窺わせて。
 確かに空は気持ちが良いくらいにスッキリと晴れ渡っているけれど、心は晴れない。
「……取り合えず、朝ご飯の仕度です」
 自分に言い聞かせるように呟いた彼女は、窓をそのままに自室を出て、階下の台所へと足を向けた。


 朝食の仕度をしようと思って貯蔵庫を覗いて見れば、肝心のパンが無かった。そう言えば昨日の夜に食べてしまったもので終わりだったのだ、と思い出したエステルは、どうせなら外で食べようと思いついて用意を始めた。
 ハムとチーズをスライスして、卵は簡単にスクランブルに、レタスはちぎって、バターを一欠け小皿に移して、ジャムの瓶を一つ、スプーンとバターナイフ、冷ました紅茶を水筒に移すと藤籠に入れてランチョンマットを上に掛ける。
 よし、とばかりに頷いて家を出たエステルは、街の市に向かった。すっかり馴染みとなった店主と朝の挨拶を交わして、焼き立てで良い香りがするパンは頼んで八つ切りにして貰った。これで準備は万端、とその足で向かったのは、丘の街であるハルルの象徴――ハルルの大樹のある広場。
 今はもう結界魔導器としての使命を終えて、それでも街を覆うほどの枝ぶりを衰えさせずに在る大樹。花の季節を過ぎ、今は緑の葉が残るのみではあったが、エステルは花の無い大樹も好きだった。
 広場の片隅、緑の草が生い茂るそこに持参してきたシートを敷くと、籠を下ろして腰掛け、そして頭上を見上げる。
 さわさわと、柔らかに吹く風が緑の葉を揺らす。柔らかな木漏れ日もその度に揺れて、時折眩しい光をエステルの元まで届けた。
「いい天気、です」



*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。






* Close