「もう一度、零距離で」より冒頭
呑み込まれるように、引きずり込まれるように。
暗い、暗い底無しの深淵へと招かれる。
苦しい、息が続かない。
苦しさに耐えかねて開いた口から漏れた僅かな空気も、気泡となってあっと言う間に上昇していく。
もしかして、かつて人柱となった己の遠い祖先達が招いているのだろうか。
そんなことが脳裏を掠め、既にはっきりとしない視界の中に「黒」を見つけ、そして――。
ザウデ不落宮。
内輪の海の最も中心部の海域、十六夜の海。そこに存在するテルカ・リュミレースのへそに隠されていた古の技術の粋を凝らして造られたのであろう、巨大建造物。
千年以上もの間、星全体を星喰みから護り、或いは人々から真実を隠し続けていた結界魔導器である。
その名に「不落」、決して落ちることは無いと冠されたそこも、一人の男の手によって深き海から暴かれ、そして結果的に動力たる魔核が破壊されたことにより機能を停止した。
現代に生きる人々には未知にも近い技術の塊であることから、これまで立入りが制限されるのみで対応を後回しにされてきたが、しかし魔核が精霊へと変じ魔導器が使えなくなり、それまで結界に護られてきた人々が改めて「世界」へと目を向け始めたことから、新たな可能性が出てきたのだ。
それは、船の経由港としての役割。
存在する位置が内輪の海の中心であり、六つの大陸からほぼ等距離であることから、この場所で船が停泊し物資等が補給出来るようになればより安全に航海が行えるのでは無いか、と。
星喰みを凛々の明星の一行と共に精霊へと変え、世界の危機を救った後も、長く不在であった玉座に就いたヨーデルの副帝として世界を「見て」いたエステルが思ったことだった。
彼女曰く、思いつきであるこの考えは帝都に戻った際に行われた報告の中に雑談として織り交ぜられ、何気なく皇帝に伝えられたのだが、聞いた皇帝はと言えば良い考えだと実現に向けて動き始めた。
星喰み騒動の最中、偶然にとは言え生まれた結界の無い街オルニオン。今まで未開と言われていたヒピオニア大陸に街が出来たことや、帝国とギルドの双方が力を合わせて生み出されたことから、良い前例とされ、オルニオンのように何か出来ないかと話し合いが持たれていたのだという。
エステルは発案者として、凛々の明星はその私的な護衛として、リタは魔導器研究者として、レイヴンは帝国とユニオンとの繋ぎ役として、話に大いに興味を持った幸福の市場の社長カウフマンを始めとするギルドの者達や、一団の護衛である騎士隊と共に視察に訪れたのだった。
幾つかのアクシデントはあったものの、概ね予定通りに視察は終わり、また後日機会を作り帝国とユニオンとの会談を行うことを確認して解散となったのは二日ほど前のことだ。
エステルは明日の午前中に行われる皇帝との会談に向けて、視察の報告書をまとめに掛かっていた。
(会談が終わった後はユーリと待ち合わせてお買物です……!)
元々、視察を終えてその報告が済めば再び旅に出る予定となっていた。この二日はそれぞれの休養日として充てられており、各自思い思いに過ごしていたはずだ。明日は出発前の補給も兼ねて、ユーリと市民街の市場で買い物をする予定である。
*続きは「Re:waltz. Compilation of After Ending Story」で。