「依頼?」
「ああ。凛々の明星の噂は聞いている。オルニオンに拠点を構えて、忙しく世界を飛び回ってるってな。個別に依頼を受けてるなら仕方ないが、手が空いてるなら頼みたい件がある」
カプワ・ノールに立ち寄って補給をしていた際、ひょんなことから声を掛けられた。ギルドの仕事を斡旋する人間で、その関係でユーリ達を知っていたのだろう。
「特には無いが、どういった類の仕事だ?」
「人を一人、護衛がてらマンタイクへ連れて行って欲しい。ただ……」
「……?」
「妊婦なんだ。無理はさせられないんだが、ギルドの仕事でマンタイクに居る旦那がケガをしたらしくてな、それで……ってわけなんだが」
男の話を聞いて、腕を組んで聞いていたジュディスが難しそうな顔で呟いた。
「マンタイク……。今の季節はウェケア大陸の上空は荒れやすいから、南下するとオルニオンからはヒピオニア大陸を縦断して更に海を越えるし、距離がかなりあるわ。妊婦ならあまり無理して飛ばせないし、途中で街を経由したいから、カプワ・トリム、ヘリオード、ダングレスト、ユウマンジュ、ナム孤島を経由して向かうことになる」
彼女の冷静な言葉にユーリは頷き、付け加えた。
「時間も距離も掛かる、ついでに費用もだな」
「大事を取りたいということだから、その辺りは構わないと言っていた。頼めるか?」
男の言葉にユーリとジュディスはカロルに視線を向け、選択を任された少年は頷く。
「受けたい。きっとその人、旦那さんのこととっても心配していると思うんだ。勿論、ジュディスとバウルの協力あってこそだけど、ボク達に出来ることなら」
そう言って、カロルは様子を見守っていたエステルを見上げた。
「オルニオンへ行くのは少し遅くなるけど、良いかな?」
「はい。わたしの方は構いません。元々、オルニオンの後に他の街にも行く予定でしたから。それにカロルの言う通り、その人は旦那さんに会いたいはずです」
「リタもいいかな?」
「エステルがいいなら構わないけど。順番変わるだけでしょ」
「レイヴンは自警団とかのことでオルニオンに行かなきゃでしょ。悪いけど船で行ってもらえる?」
「ちょっとぉ〜、酷いんでない? 順番変わるだけならいいって」
「というか、おっさんの場合は船よりバウルでの移動の方が楽だからだろ」
ユーリの揶揄に図星なのかレイヴンが目を逸らすが、全員の了承が取れたとのことでカロルは依頼を持ちかけた男に向き直った。
「夜空にまたたく凛々の明星の名に賭けて、お仕事お引き受け、します」
「そうか、ありがたい。準備もあるだろうから出発は明日にして欲しいんだが、構わないか?」
「ああ。オレらはポルックスに宿を取ってるから」
「分かった。依頼人には明日の朝にそちらに行くよう伝えておく」
男が去った後、カロルは荷物を抱えなおして言った。
「忙しくなるね」
「とは言え、主に大変なのはバウルとジュディだがな」
「本当ですね。でも、やっぱり依頼人の方の体調優先です」
「ええ。それにヘリオードの周辺は天候が荒れやすいから、その辺りではあまり急げないかもしれないわ」
バウルも寒さには強くなったけれど、天候が荒れればフィエルティアもいつもより揺れるでしょうし、と空を見上げながら続けたジュディス。
「取り合えず、買出し済ませて宿に戻りましょ」
「どうせ明日の朝まで出発出来ないんだし、ゆっくりでいいじゃないの〜」
「ワウ、バウワウ!」
「きびきび動け、ってさ」
「ふふ、わたしもラピードに賛成、です」
フン、と鼻息を残して歩き出したラピードに続くユーリとエステル。ジュディスとカロルもそれに続き、リタが半眼で言う。
「ほら、行くわよおっさん」
「はぁ……分かったわよ、もっとおっさんのこと労わって欲しいんだけどねぇ」
とぼとぼと歩を進めながらのレイヴンの呟きは、雑踏に紛れて消えた。
翌朝は気持ちよく晴れ渡った快晴。朝食を済ませて出発の準備を整え終えた所で、ジュディスがバウルとの交信を終えて振り向いた。
「いつでも出発出来るそうよ」
「後は依頼人が来るのを待つだけ、か」
「フロントにはそれらしい人が来たら知らせてくれるように言ってあるよ」
カロルがユーリに答えた所で、皆の集まる部屋の扉がノックされた。一番近くに居たレイヴンが答えて扉を開くと、従業員が一礼してから何かを告げて去っていく。
「凛々の明星を訪ねてきた人が居るって」
「依頼人?」
「きっとそうです。行きましょう、ユーリ」
「んじゃ、行くか」
各々荷物を手に部屋を出て行く。一番最初に部屋を出たカロルは、早速その訪ねてきたという人間と何かを話しているようだ。続いて仲間達がそれぞれ自己紹介を兼ねた挨拶をする中、一番最後に部屋を出た青年は窓から差し込む陽光に煌いた何かに目を眇めた。
「ユーリ、この人が依頼人のカタリナさんだよ」
カロルの言葉に頷きを返し、右手をかざして光を遮りつつ歩を進め……そして彼は、陽光に煌いた「何か」の正体を知る。
違和を憶えたのはその長さだろうか、しかし見覚えのある銀の髪。顔へと視線を移してその両の瞳を見ても、やはり見覚えのある碧。
そこまで見て、カロルの言った依頼人の名前に間違いないと確信してしまった。
「……リナ」
少し離れた位置に居る仲間達には聞こえない程の小さな声。しかし正面に立つ彼女には唇の動きが見えたのか、どこか困ったような目で青年を見つめ返していた。