凛々の明星の三名と、彼らが護衛する少女、研究と少女の為に同行する魔導少女、各地の自警団の様子を視察する男。いつもの六名に加え、今回はギルドの依頼ということでその依頼人の女性が同行することとなった。
補給を済ませ、まだ陽も低い時間に港から出航した彼らの船であるフィエルティア号は、洋上でバウルと合流し、カプワ・トリムへと一端寄航する。
「カウフマン社長、居るといいね」
先だって、オルニオンで性質の悪い風邪が流行った際に、独自の情報網で知った幸福の市場のカウフマンが特効薬を手配したのだ。カロルもまた、町人の看病をしているうちにうつってしまい、その際にはかなりの高熱を出したのだが、その特効薬のお陰で三日後には全快した。
勿論、薬代は掛かったものの、それは特効薬という点や遠方への輸送に掛かる費用を考えれば安価と言っても良い値段だ。町人達を代表して、その礼を伝えるというのも今回の旅の目的の一つだった。
しかしカロルの呟きのように、忙しい彼の女史は凛々の明星に負けず劣らず世界を飛び回っているとあって、会うのは難しい。可能性が高いのは、ギルドの総本山であるダングレストか、もしくは幸福の市場の本部が置かれているカプワ・トリムとなる。
「半々ってとこかしらねぇ。カウフマン女史はユニオンの取りまとめとかもあるし、まあカプワ・トリムに居なければ、どうせダングレストには寄る予定なんだしそっちで会えばいいでしょ」
腕を組んで顎を撫でながらカロルに答えたレイヴンに、ジュディスが頷いた。
「おじさまの言う通りね。此処からダングレストまでは陸路しか無いのだし、私達はその途中の町にも立ち寄る予定だわ。もし、ダングレストに居ないとなれば……その時はその時ね。カタリナさんをマンタイクに送り届けた後、行方を追えば良い話だわ」
「うん……、そうだね」
「あー、もう! さっさと幸福の市場の本部に行って確かめるわよ。居ればそれで良し、居なければ後回しにする、決定!」
一人で結論を出して先にフィエルティア号を降りていくリタに、エステルが小さく苦笑しながらも同意を示す。
「ある意味リタの言う通りです。カロル、行きましょう」
「う、うん。あ、でも……」
船室に残っている依頼人のことを気に掛けているのだろう、踏み出そうとした足を止めた首領を見て、ユーリは足元に座っている相棒を見た。
「ラピード」
「ワウ、バウワウ」
分かっている、とでも言うように青年に答えて船室の扉近くまで向かってそこで伏せたラピードを見て、ユーリは操舵主であるトクナガへと声を掛ける。
「ラピードが残るが、何かあれば連絡してくれ」
「了解です」
承知しているとばかりに笑顔で頷いた彼に頷きを返すと、青年は首領を見た。
「依頼人には少し寄航するだけだって話してるんだろ? そうそう長居をする予定じゃなし、結果はどうあれさっさと行って戻ってくりゃいいんじゃないの」
「うん。有難う、ユーリ」
「話はまとまったみたいね。それなら、早くリタを追いましょ。追い着いた時、遅いって言われるわ」
「リタっちならどっちにしろ言うでしょ。術が飛んでこないうちに俺様お先〜」
ひらりと船縁から港へと飛び降りたレイヴンは、軽いのかそうでないのか良く分からない足取りで先に行ったリタを追いかけていく。
「さっすがおっさん、かなり実感篭ってる言葉だぜ」
「ふふ。でもその通りかもです。皆も行きましょう」
小さく笑いながら言ったエステルに、残った者達はそれぞれに頷き、フィエルティア号から降り立った。
結果として、幸福の市場の本部にはカウフマンは居なかった。留守番役の話によれば、ダングレストに居るだろうとのこと。しかしいつまで向こうに居るかは分からないということなので、一行は早々にカプワ・トリムから出航するのだった。
洋上で再びバウルと合流したフィエルティア号は、陸地を辿るように西へと針路を取った。しかしやはりというかカルボクラムが近付くにつれ天候は悪くなり荒れ始めた上空。無理に飛ばせば揺れに揺れる為、妊婦である依頼人の体調を考慮して進みはあくまで静かに穏やかに。
何よりリタの見立てにより夜が近付くにつれ更に天候が悪化することが判明し、やはり予定通りにヘリオードに立ち寄ることになる。ここの宿の部屋は広いので、依頼人もゆっくり休むことが出来るだろう、と。
街の近くで止まったバウル。ゆっくりと下降し、縄梯子を渡せど、慣れた者達と違いカタリナはそうも行かない。
「あの、本当に大丈夫です?」
「ああ。人を抱えながらなら、おぶって降りるよりもこっちのが楽だし。万が一にはオレがクッションになればいいし」
だから、とユーリはウィンチの先に括り付けたロープを確かめるように引っ張った。
「こっちへ」
「はい」
「あんたの旦那さんには済まないが、オレの首に両腕を回してしがみついてもらえるか。オレもしっかり支えるが」
頷いて、指示されたようにユーリの首に両腕を回すカタリナ。そしてユーリは彼女の腰に腕を回した。
支えるためなのだと、落ちぬようになのだと、分かっているのに現実に目にしてしまえば全く動揺しないなどと殊勝な態度は取れなかった。エステルは閉じた口を無意識に引き結び、ウィンチの力で持ち上げられ下へ降りていく寄り添う二人を見つめ続ける。
「……知り合い、なんです?」
依頼人と請負人。必要以上のことを話さない、接触しないその態度は、別に違和感があるわけではない。
ただ、そう思ったのだ。
たった一度感じた違和感故に、そうなのかもしれないと。
カプワ・ノールの宿屋で顔を合わせたその時、青年は目を瞠った。少しの間を置いて微かに動いた唇は、何かを呟いたのだとそれだけは分かったけれど、何を言ったかまでは判別することは出来なくて。
しかし何故か不意に、彼女の名前なのではないかとエステルの頭に浮かんだ答え。
正解とでも何者かが言うように、エステルの胸はざわめいた。
「ユーリ……」
風にさらわれるくらい小さく青年を呼んだ彼女。横目で何気なくそれを見ていたレイヴンは、吐息を漏らしながら視線を空へと向け、そしてあくまで依頼人とその請負人という態度を崩さないユーリとカタリナを見て、更に溜息を重ねるのだった。