不動産担保ローン浄水器 waltz 2.Shall we dance? 【3】



「こりゃあ……予想以上だな」
 宵の口も過ぎた頃、カロルが目を覚ましたところで連れ立って出て行った大小四人の仲間達の姿を見送った。なんだかんだ言っておっさんも着いて行ったのは、ユーリにああ言った手前、と言うところなのだろう。それとも本気でジュディスとの二人きりを狙っているのか。
 とにかく四人に遅れること半時、残っていた二人と一匹は「涼みに行く」を実行する為に宿を出ていた。
 そこで目に入ったのは、街に入った時以上の賑わいを見せている往来。祭仕様にそこかしこに飾り付けられた灯りは、いつもと違う街の顔を浮かび上がらせ、どこからか響いてくる音楽は、人々のざわめきと相俟って華やかな印象を添えている。
 通常ならば宿を出て徒歩数分で湖まで辿り着けるところだ。だが今夜ばかりはそう簡単に行けそうもない。
「大丈夫ですよ、すぐそこです! 行きましょう、ユーリ」
「え、あ、おい! ちょ、待てエステル」
 ひょい、と往来に飛び込んだ姿。追いかけようにも人の流れでなかなか距離は縮まらない。しかも昼間と違う暗さと灯りに、特徴的な桃花色の頭はすぐに紛れてしまった。
 ユーリは短く舌打しつつ、人ごみを器用に避けて足元に従う相棒の名を呼ぶ。
「ラピード」
「ワフ」
 ラピードの向かった方向を見て、ユーリはゆっくりと確実にそちらへと足を進めた。


「はぐれちゃいました……」
 宿を出た途端の予想以上の人出に、ユーリの口から出たのは少し億劫そうな呟きだった。
 人の流れを観察していた長身の青年に、やっぱりやめるか、そう言われぬうちにと啖呵を切って往来の人の流れに飛び込んだものの、湖へ向かうどころか宿と反対側の砂漠方面の出口まで来てしまった。
 何とか往来から抜け出したエステルは、人の少ない出口傍にある建物の壁に寄りかかる。
「何をやっているんでしょう、わたし」
 世界の毒、満月の子。
 ずっと疑問だった自分の力について、その一端が明らかとなった。そしてこれから赴くことになるクリティア族の街では、更なる謎が解き明かされるのだろう。
 知りたい、けれど、知りたくない。
 エステルの中ではその二つの感情がせめぎ合っていて、自分でも不安定だということは自覚していた。
 本の中でしか知らなかったこと、それを知りたいという気持ちはあれど、自分の存在が「世界の毒」なら、「満月の子」がどういう存在なのか、今のところは間違いなく悪い方に傾いている状況で祭に行って良いわけがない。
 だからこそ「涼みに行く」という理由でユーリが誘ってくれた時、どれほど嬉しかったことか。
「呆れてますよね」
 青年は自分から言い出したことを簡単に覆したりはしない。
 これまでの旅の中でそれを知ったはずなのに、それでも不安に思って往来に飛び込んでしまった自分の子供じみた行動に、今更ながら気落ちしてしまう。
「バウ」
「あ、ラピード……」
 人ごみをスルリと抜け出て悠然と歩み寄ってきた青い毛並みの仲間。いつも主人であり相棒である青年と共に行動する彼が、一匹で来たのは青年の頼みでなのだろう。
「ごめんなさい、ありがとうございます」
「クゥーン……」
「ユーリに会えたら、ユーリにもちゃんと言いますね」
「ワフ、バウワウ」
 まったくだ、とでも言うように吠えて、少女の足元に座ったラピードに、エステルは小さく笑った。
「ラピードは、ユーリのことが分かっていいですね」
「ワウ?」
「わたしは、分からないから少し怖い。でも、それ以上に、分からないから知りたい、そう思うんです」
 俯いて左手の武醒魔導器を見下ろす。これが無くても治癒術を、魔術を行使することの出来る、満月の子である自分。
「知りたいと望んだのはわたし。でも、これ以上知ったら、わたし……もっと知りたいのに、傍に居られないような気がする」
 じゃり。
 ともすれば、深みに落ちていきそうな彼女の思考を浮上させたのは、荒い砂を踏む音だった。
 大人しく座っていたラピードがいつの間にか腰を上げ、いつでも低く伏せられるように近づいてきた気配を警戒する。
「こんなところでどうしたの〜、お嬢さん」
「俺達と一緒に楽しもうよ、ね」
 現れたのは若い男二人。マンタイク独特の衣装とは違う服装を見るに、この祭に合わせて訪れた外の人間なのだろう。ほの赤い顔と、段々と近づいてきた男達から強い酒の匂いが漂ってきて、酔っていることを少女に教えた。
「人を、待っていますから……」
「そんなこと言わずにさぁ」
「そうそう。何だったら一緒に探すよ?」
 また一歩近づいてきた男を威嚇するように、姿勢を低くしたラピードが唸る。だが酔った二人は臆した様子もなく、眉をしかめて払うように手を振った。
「ウゥ……!」
「なんだこの犬、いっぱしに騎士気取りってか?」
「犬に用は無いんだよ」
「きゃっ……!」
 一人の男がラピードを足止めしている隙に、もう一人がエステルの右手首を捕らえた。そのまま力任せに引き寄せ、その痛みと恐怖に顔を歪めて悲鳴を漏らす。
「は、離してください……っ!」
「かーわいいねぇ、身なりも良いし、貴族のお姫様が物珍しさに遊びに来た、ってとこ?」
 実際には貴族どころか皇族の、しかも次期皇帝候補の一人であるのだが、傍目には確かに良いところのお嬢様に見えるだろう。男達の頭の中には、物珍しさに遊びに来たそのお嬢様を良いようにすることしかない。
「その手を離しな」
 低い声。
 足音も立てずに背後に忍び寄っていた気配に男達は慄き、恐怖の中に置かれていた少女は安堵に顔を上げた。
「聞こえなかったか? 手を、離せ、と言ったんだ」
「お、お前、な……ぎゃぁっ!?」
「グルルルルル……!」
 自分を牽制していた男がユーリに気を取られた瞬間を狙って足に噛み付いたラピード。エステルを捕らえている男もその悲鳴にぎょっとしたが、その瞬間目の前に現れた銀色の輝きに悲鳴を上げることすら出来ずに固まる。
「お仲間は相棒が相手をしてるからな、おまえはオレが相手になるしかないよな」
 にっこり、場違いなほどににこやかに、しかし目だけは凍てつくがごとくの視線を向けて。磨きぬかれた冷たい刃がゆっくりと男の眼前を横切った。
「ひっ……!」
 少女を突き飛ばすように離して人ごみの中へ逃げていく男。ラピードに噛まれていた男も、足を引きずりながらその後を追って消えた。
 それを受け止められた青年の腕の中で呆然と見送っていたエステルは、一瞬後に我に返って顔を上げた。
「あ、ユーリ、その、ごめんなさい……!」
 息を吐いて、そしてゆっくりと少女の体を離して見下ろしたユーリは、ひとしきり彼女を見つめた後に言った。
「手は?」
「大丈夫、です」
「ほんとに?」
「はい。引っ張られた時は少し痛かったですけど、今は平気です」
「そう。……たく、ラピードを行かせといて良かったぜ」
 足元に歩み寄ってきたラピードの頭を一つ撫で、ユーリはエステルの頭を叩いた。
「いた」
「何を思ったか知らねぇけど、人が多いからって夜に一人歩きするなって」
「はい。ごめんなさい」
「……オレも止めらんなかったからな。悪かった、遅くなって」
「……いいえ。ありがとうございます、ユーリ」
「ん」
 ぽんぽん、ついさっき叱る意味で叩いた頭を、今度は違う意味で叩かれる。
「さて、少し遠回りになったけど涼みに行くか」
 鞘を拾って剣を収めてからユーリが言うと、はい、とエステルは頷いた。
「今度はちゃんとユーリに着いて行きますから!」
 ぐっ、と手を握り締めて宣言するように言った少女に、青年は小さく笑って右手を差し出す。
「ほれ」
「はい?」
「手。この人ごみだ、あんたがすぐ流されたように、今度もそうならないとも限らないだろ?」
 ためらいながらエステルが手を重ねると、やんわりと握られて繋がれる。そのままゆっくりと歩き出せば、先ほど人ごみに流されたのが嘘のように往来を進んでいった。


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基本的に筆ならぬ指の動くままに創作を打っているわけで、こんな風に予想外に長くなることも多々あるわけで。……すみません、一話完結どころか、前中後編どころか、四話構成となりました。エステルが飛び込んで行っちゃったのは書いていて予想外。あれー、あそこでお手々繋いでオアシスに向かって完結までまっしぐらだったはずなのに。そんなわけで、次こそ……完結、のはず。
ちなみにエステルの髪色をカタカナ語でなく表現しようとして、「桃花色」となりました。一応、スキットとかの彼女の髪色と比べてみて、これかなーというものを選んでみたのですが。
[脱稿:08'10.12 掲載:08'10.14 一部修正:08'10.16]


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