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28.薔薇色

【ED後/下町の若者視点/ユリエス/掌編】


 彼女はいつも、とても嬉しそうに駆け下りてくる。
 貴族街から市民街へ、それから下町へ続く坂道を軽やかな足取りで。
 そうして目指すのは、下町の有名人の下宿先である宿の二階。時間も日も不定期で、数日姿を見かけないと思えば数日続けて姿を見かける日もままあった。
 ある青年が水道魔導器の魔核を取り戻す為に下町を出て、世界から魔導器が消えた後に良く見られるようになった光景だ。
 そう言えば、ハンクスじいさんが言っていた気がする。彼女は青年が帝都を飛び出したその時、共に行き、そして共に戻ってきたのだと。
「こんにちは」
 度々下町を訪れ、かつ下町の有名人の知り合いとあって顔見知りになった者も多いのだろう、彼女は良く挨拶をされては笑顔でそれに返している。しかし訪れた彼女を引き留める者は居ない。誰の元に会いに来ているのか知らない者は居ないし、今や帝都を飛び出して世界を飛び回っている青年との逢瀬を邪魔しようなんてとんでもない、と井戸端会議をする主婦達が熱弁していたことを思い出す。
 軽い足音を響かせて、小走りで真っ直ぐに宿を目指していた少女が珍しいことに途中で足を止めた。そして、満面の笑みを浮かべて再び走り出した。
「ユーリ!」
 階段を駆け下りて、その先に居た黒髪の青年――下町の有名人に飛びつくように駆け寄った少女に、予想していたのか軽々とそれを受け止めて地に下ろした青年は、まったく、と言いながら彼女の額にデコピンを喰らわせる。
「っ、痛いです」
「痛くしたの。前に階段踏み外しそうになった時に言っただろ、走るなって。オレが居たから良いものの、居ない時だったら下手すれば結構な怪我するぞ、あんた」
「そ、それは、その……。ごめんなさい」
「……まあ、そこで治癒術で、何て言い出さないみたいだから、オレが何で怒ってんのかも理解してるんだろうし、これまでにしとくけど」
「はい……」
 耳があったら確実に垂れていそうなくらいに意気消沈とした様子に、青年は一つ苦笑してから彼女の頭を撫でた。
「まあ、会いに来てくれたのは嬉しいけど」
「ほんとうです?」
「あんたの持って来てくれる茶菓子はさすがに美味いからな」
「…………ユーリ、意地悪です」
 むぅ、と一転して頬を僅かに膨らませて拗ねた彼女は、しかし続いた青年の言葉にその顔を微笑へと変えるのだ。
「と、忘れてた。ただいま、エステル」
「はい。おかえりなさい、ユーリ!」
 いつも微笑みを絶やさない印象の彼女が、彼だけに向ける笑顔で。駆けて来たことで上気した頬を、更に鮮やかな薔薇色に染めて。

*下町に住むとある若者(微片想い)視点でのユリエス。

27.キラキラヒカル

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ21歳・エステル18歳・夏休み/掌編】


 どこからか聞いたことがあるようなメロディーのハミングが聞こえてきて、ユーリは周囲で眠るお子様達を起こさないようにしながらテントを抜け出した。
 毎年、夏季休暇の真ん中辺りで行われるサマーキャンプ。園の中でも主に小学校に通う子供達が参加し、それ以上の中高生達も受験が無い限り参加したりで引率役の大人達の手伝いをしてくれている。
 今回、その引率の助っ人としてユーリとジュディスが参加し、ユーリとカロルに誘われたエステルとリタも二人の手伝いも兼ねて参加していた。
(エステル、か……?)
 楽しげなハミングの響いてくる方へ足を向けたユーリは、テントを張っている場所から少し離れた所に立つ少女の姿を見つけた。彼女も一度眠ろうと思ってからテントを抜け出して来たのだろう、ワンピース風の白いナイティを着たまま夜空を見上げている。
 良く晴れた濃藍の空には、銀の砂を散らしたような空一面の星。
「ああ、きらきら星、か」
「っ、ユーリ……!」
「しっ。チビ達が起きちまう」
「そうでした……」
 驚いて声を上げようとした彼女を止めると、ユーリはエステルの隣に並び立つ。
「もしかして、起こしてしまいました?」
「いや。カロルが寝付いて自分も寝ようと思った所で気付いただけ。にしても、テントからそう離れてないとは言え、夜中に一人で出歩くなって」
 もしテントを出る用事があったとしても、必ず誰かと共に行くこと。一泊二日の予定のサマーキャンプの一日目の夜、ユーリやジュディスを含めた引率役の大人達が真剣な顔で言い聞かせていたことだった。
「ごめんなさい。少しだけ夜風に当たってから戻るつもりだったんです。そうしたら星が綺麗で、つい」
「まあ、これを見れば気持ちは分かるけど」
 小さな頃、誰もが一度は歌った歌の詞を表したかのような星空だ。キャンプと並んで毎年恒例の天体観測は八月の終わり頃に行う予定だったが、折角ならば望遠鏡を持ってくれば良かったかもしれない、そう思わせるだけの光景。
 エステルは仮にも受験生なのだから、と思いつつ日頃から真面目な彼女なら逆に息抜きになるだろうと誘ったキャンプ。だからこそ天体観測はさすがに声を掛けるのは止そうかと思っていたユーリだが、こんなにも嬉しそうに星空を眺める姿に、口を開く。
「再来週、八月の終わり頃なんだけど」
「はい?」
「キャンプと同じように夏の恒例行事で天体観測がある。主にお子様達の自由研究とか課題の対策でな。で、またオレとジュディが引率に駆りだされてるわけなんだけど……エステルも来る?」
 小首を傾げて聞いていたエステルは、思わぬ誘いに目を瞠ってから微笑した。
「はい!」
「エステル、声」
「す、済みません。あの、是非。リタも誘って良いです?」
「ああ。明日にでも話してみて。まあ、あんたが参加するなら十中八九参加するんだろうけど」
「リタにも予定があると思いますけど、一緒に参加出来たら嬉しいです」
 青年の言葉の意味を深く考えず、純粋に友人と参加出来たら嬉しいという思いで返した少女に、ユーリは小さく笑いながら彼女の頭を軽く叩いた。

*「14.天体」のその前のお話だったり。

26.尻尾

【ED後/相棒視点で微ユリエス/掌編】

 ある日の午後、彼はのんびりと昼寝を楽しんでいた。同居人は朝から手伝いに駆り出され、昼食の時に一度戻ってきたかと思えばまた別の用事で出かけて行った。
 騒がしいというか、慌しいことだと思う。
 開け放たれた窓から入るそよ風に白いカーテンが揺れている。いつぞやか、度々この部屋を訪ねてくる少女がつけましょうと言ってつけたそれだったか。薄目で眺め、のどかな気分のままに欠伸をする。
 くぁ、と息を零せば襲い来る眠気。伏せた目に、差し込む光が少しまぶしいが、それでも眠気の方が勝ったらしい。後は欲求のままに眠りの淵に落ちた。


 意識が浮上したのは近づいてくる気配に気付き、かつそれが憶えのあったそれだったからだ。
 眠りに落ちてからそれほど時は経っていないのだろう、差し込む光はまだ明るいままで、揺れる白いカーテンの向こうの開け放たれた窓からは青空が見えている。
 短いノックの後にノブを回す音。キィ、ときしむ音を立てながらゆっくりと開かれた扉から、予想した通りの顔が覗いた。
「こんにちは、ユーリ……、って……留守、です?」
 あからさまにがっかりと肩を落とした来訪者に、眠りを妨げられた形となった彼は小さく鼻を鳴らす。
「ワフ」
「あ、ラピード。こんにちは」
 にこりと笑って丁寧に頭を下げた彼女は、決して広くは無い部屋をきょろきょろと見回し、残念そうに吐息を漏らした。
「たまたま時間が空いたので来てみたんですけれど、ユーリはお手伝いでしょうか……?」
「ワン」
「そう、ですか。ラピードはお留守番です?」
 彼の定位置とも言える場所で伏せているその姿を見て問い掛けた彼女に、同意するように尻尾を揺らしたラピード。己は眠いのだと目を伏せて見せれば、彼女は彼の昼寝を邪魔したことを悟ったらしい、くすりと一つ笑って謝罪すると、町を探してみますねと続ける。
「また来ますね、ラピード」
 目は開けないまま、それでも答えるように尻尾を揺らした彼に、少女は微笑みながら部屋の扉をゆっくりと閉じるのだった。

*まさかの相棒視点。最近空気になりつつあるので主役で。

25.ごちそう

【本編中/第三部終盤辺り/パーティでおっさんいじり/掌編】

「うわぁ、すごいね……! さすがユーリとジュディス!」
「すごいごちそうです。二人とも、お疲れ様です」
 瞳を輝かせて歓声を上げたカロルと、少年に同意するように頷いて料理人の二人を労うエステル。
「誰かさんがメイド服が欲しいとか言ってガチャガチャやりまくったから野菜多目だけどな」
「あら、健康に良いし丁度良いんじゃないかしら。ね、おじさま」
 にっこりと微笑と共に言われ、そこがあんたの席よとリタに示されたテーブルに用意されたそれを見て、レイヴンもさすがに口元を引き攣らせた。
「だ、だからおっさんの所だけ野菜炒めが山盛り……。しかもタマネギとニンジンとシイタケのオンリー!?」
 白い皿の部分がほとんど見えないくらいに山盛りとなっている野菜炒めは、確かに白と赤と茶ばかりだった。ちなみに他の者達に用意された皿は普通の量で、使われている材料はキュウリとニンジンとタマネギにポークという普通の野菜炒めである。
「おっさんのはオレとジュディの特製」
「うふふ、特に愛情込めて作ったのよ」
「ジュディスちゃんの愛情たっぷり特別製……! おっさん喜んで食べちゃう!」
 途端に目を輝かせる態度に、隣の席に着いたリタ等は半眼でこれだからおっさんはと零した。
「あら、嬉しい。おじさまが取ったお野菜が沢山あったから、駄目にしちゃう前にと思って沢山作ったの。おかわりもあるのよ」
「え……」
「タマネギはハンバーグとコロッケで大分消費したし、シイタケは干しとけばかなり持つし、問題はニンジンか。献立考えるにしても、当分はおっさんに人よりも食べてもらわねぇとな」
 じゃ、揃った所でといただきますと手を合わせてフォークを手にするユーリ。エステルやカロル、リタ、ジュディスもそれに続き、大皿の上にあるハンバーグやコロッケを思い思いに用意された小皿に取って行く。
「……おっさん、野菜だけで満腹になりそう」
「大丈夫、コロッケとかハンバーグとか他のはボク達で責任持って美味しく食べるよ、レイヴン」
「そうそう、ガキんちょの言う通り、あんたはあんたで責任取るのね」
「え、えぇと、その、頑張ってくださいね、レイヴン」
 言外に手伝わないからテメェで何とかしろ、という責めにも似た応援を送った三名の少年少女達。二名の料理人は既に我関せずと食を進めている。最後の頼みとばかりに視線を部屋の片隅に居るラピードへ向けてみれば、骨付き肉を目の前にした彼は男を鼻で笑った。
 男はがっくりと肩を落とし、これは新手の拷問かと思いつつも山盛りの野菜炒めを攻略すべく、のろのろとフォークを手にするのだった。

*本来の野菜炒めは、肉系・ニンジン・タマネギ・キュウリ、が材料です。おっさんスペシャルはナム孤島の一番お高いガチャガチャで何でこんなに出るの、とばかりに当たる野菜オンリーで。

24.新しい靴

【本編中/第三部終盤辺り/ユリエス/掌編】

「――っ」
 ちり、とした痛みを感じて思わず眉を顰めたエステルは、しかしいけないと思いつつ漏れ出そうになった声を抑え、呑み込んだ。僅かの間を置いて小さな吐息が零れ、先程感じた感覚に視線を下ろす。
 フレンを追いかける為に城を出てから数ヶ月。まるで意図されているかの如く襲い来る騒動や問題に翻弄され、激戦を潜り抜けてきたからだろう、服も靴も傷みが酷く、つい先日合成屋に素材を預けて同じ意匠の服と靴とを注文していた。新しいそれを受け取ったのは昨夜のことで、袖を通すのも、履くのも今日が初めてのことだった。
 見た目は変わらなくとも、しかし真新しい布や皮の匂いに包まれて気分もどこか新しく、新鮮な気持ちで上機嫌に歩いていたのは午前中の数時間だけで。
(馴染んでないからでしょうか……)
 以前のそれは城を出る前にも、自主的に剣の訓練をする時に何度か履いていた。だからこそ城を出た際にはもう既に馴染んでいたものだったが、見た目は同じでも新しい靴である今のそれは、まだどこか硬い。
 足の裏であったり、つま先であったり、と微かに感じる痛みははっきりとしたものよりも気になって仕方が無い。今日、休む前に擦れた部分を確認し、足を良くマッサージしておかないと明日が辛くなる。
「エステル」
「あ、はい? 何です、ユーリ」
「ちょっと休憩」
 補給の為に揃えたグミや薬品の入った袋を、ひょいとエステルの腕の中から取り上げたユーリに少女は抗議の声を上げた。
「ユーリ、わたしの分まで……!」
「これくらい余裕。ほら」
 確かに言う通り、片腕に器用に二つの袋を抱えた青年はいつもと変わらない様子だ。そしてほら、と伸ばされた手に少女の左手が取られる。
「あの、ユーリ?」
「来る途中に色々置いてありそうなカフェ見つけてな」
 手を引かれるままに少し歩いた先には、店先にもテーブル席が用意されたカフェがあった。ユーリに促されるままに席に着いた彼女は、戸惑いながらも歩くことで常に付きまとっていた傷みから解放され、思わず吐息を漏らした。
 それぞれに飲み物とケーキを注文し、先に運ばれた飲み物をお互いに口にした後に青年が何気なく言う。
「休憩したら宿まで頑張れる?」
「え?」
「足、痛いんじゃないの」
 さらりと言いながら紅茶にまた一匙砂糖を加えた青年に、エステルは目を瞠った。
「気付いてたんです?」
「時々眉顰めてたし、足も止めかけてたし」
「う……あの、怒ってます?」
「エステルらしいとは思うけど、少しな。新しい靴だから慣れてないんだろうし、先に宿に戻って良かったんだけど」
「それは、その……」
 新しい靴で歩くのは楽しかったし、それよりも、何よりも……。
「まあ、あんたがある意味我慢強かったから、ケーキにありつけるんだし」
「……ユーリらしいですけど」
 苦笑してカップを傾けたエステルに、小さく肩を竦めたユーリはさらりと言った。
「思わぬ所でデート気分だし?」
「っ、ケホッ、……~っ!」
「どうかした?」
「ユーリは、意地悪、ですっ!」
 もう、と涙目で言ってぷい、とそっぽを向いた少女に、青年は楽しそうに目を眇めてカップを傾けた。

*最終決戦前の戦力強化中のある時の一コマ。

23.アイスクリーム

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ22歳・エステル19歳&カロル・リタ/掌編】


「バニラかチョコか、それとも他にするか……」
 紅茶の用意をしながら呟いた店主に、カウンター席に座っていた三人が不思議そうな顔になった。
「ユーリ、新作のお菓子の話です?」
「え? あ、オレ口に出してた?」
「バニラかチョコか他にするか、って言ってたけど」
 エステル、リタの証言にカロルが続ける。
「今考えてるってことは、夏の、だよね?」
「そう。プチケーキに添えるアイスクリームをどうするかと思ってな。見通しつかないからあんま種類用意出来ないし」
 悩んでいる間にも用意は続けられていて、どうぞ、と見事なゴールデンルールで淹れられた紅茶が三人の前にそれぞれ置かれた。
「定番はやはりバニラです? でも涼しげなチョコミントも捨てがたいです」
「チョコミントならそれ一つで主役になってケーキの印象が薄れると思うけど。なら少し淡白な味のケーキに、チョコの方が合うんじゃない」
 女性二人はそれぞれの好みを交えた意見を挙げ、それもまあ有りかもしれないと青年は頷く。息を吹き掛けて紅茶を冷ましていたカロルは、どうせなら、と独り言のように呟く。
「ケーキもアイスも自分で味付けられれば良いのにね」
「……自分で、か」
「味の好みって人によって違うし。でもユーリの言うことも分かるんだ。お店なんだから、利益を出さなきゃいけないんでしょ? 種類置けないなら、そう出来れば解決出来そうだなー、って」
「確かにそうだな。……ケーキは生クリームをサンドしたプレーンなのにして、アイスクリームは甘さを少し抑えたバニラにして、注文の時にソースとかトッピングを選んでもらえば……。チョコもキャラメルも他ので代用出来るし、フルーツソースも他で使えるし、トッピングもアーモンドやらフルーツはケーキ用のを使える。――いけるな」
 すっかり頭の中でイメージが出来たのか、満足げに頷いた青年に、カロルはぎょっとしたように目を見張った。
「え、ええと、ユーリ?」
「助かったぜ。さすがカロル先生」
 に、と笑みを浮かべたユーリに、少年は戸惑いがちに首を振る。
「そんなことないよ。独り言みたいなものだったのに」
「でもオレは助かったし。そう言うけど、カロルの言葉がきっかけでこの道を見つけられた身としては、やっぱ感謝だな」
「そ、そうかな……」
 照れたように笑って、誤魔化すように頬をかいて紅茶に口を付けた少年を見て、エステルが微笑しながらユーリに同意した。
「わたしもカロルには感謝です」
「エステルも? ガキんちょに?」
 何故、とありありと顔に浮かべて言ったリタに、少女は頷く。
「今のユーリがあるのがカロルのお陰なら、その道を選んで歩いていたユーリに出会えたわたしは、やっぱりカロルのお陰だと思うんです」
「そういやそうだな。んじゃ礼代わりに何か持って来るか」
「え、いいよ、気にしないでも……!」
「ユーリ、あたしはいちごのムース」
「あ、わたしもリタと同じがいいです」
「カロル先生への礼なんだがな。ま、いいか」
 ちと待ってろよ、と言ってその場を離れたユーリは、少し後に三枚のプレートを器用に持って戻ってきた。少女二人の前に要望通りの品が乗せられたそれを置くと、芝居がかった口調で感謝を込めてと少年の前に置かれた白いプレート。その上には以前少年がおいしいと絶賛した数種のケーキがあり、少女達――一人は笑顔で凄いですと言い、一人はそ知らぬ顔をしながら気になる様子が隠せない様子だった――を羨ましがらせたとか。

*スイーツなら現代パラレル。何気ない風景。

22.NO

【騎士姫パラレル/短編】

「あなたには仕える大事な人が居ます。その人が偶発的事故によって崖から落ちようとしています。あなたが手を貸せば助かりますが、その時はあなたが代わりに崖から落ちてしまいます。さあ、あなたは主を助けますか? それとも助けませんか?」
 何て言う悪趣味な。
 それを聞いた時に恐らく殆ど誰もが内心で漏らした感想だった。
 帝都で起こっているであろう「上」のごたごたが片付くまで、ということで出て来た姫とその騎士は、今は少し良い所の令嬢と偶然出会って護衛となった青年という設定で旅を続けている。
 その最中に出会った少し気弱なカロルという少年、そして天才と名高いリタという少女、実は帝都のヨーデルからの命で使わされた騎士団隊長首席なのにその顔を隠している胡散臭い雰囲気のレイヴンという男、古き種族と共に旅をしていた創世の一族と呼ばれるクリティア族のジュディスという女性、そして最初から共に居た優秀な軍用犬ラピード。
 いつしか大所帯となっていた一行は、今はジュディスの友人である古き種族のバウルが運ぶ船で世界に起きている異変を調査して回っていた。
 少年が読み上げた悪趣味な問いは、騎士団に入る際に必ず問われるものだ。休養として街に散って戻ってきたカロルが、偶然手助けをした老人に駄賃代わりとして書物を幾つか譲り受けた――写本ではない書物は古書であっても相当の痛みが無い限り相応の値が付くのだ。必要無いので売っても構わないと渡されたらしい――のだが、その中の一冊が騎士道教訓について書かれた見習い騎士の為の教本のようなものだったのだ。
「あほらし」
 そう一言で斬って捨てたのは、理論的に物を考えることが常である魔導士のリタだった。
「しょうがないでしょ、本当に今言ったことが書かれてるんだから」
 ねぇ、ジュディス。と少年の持つ本を覗き込んだ女性に尋ねた少年に、紙面に視線をはしらせた後で頷くジュディス。
「確かにそう書かれているわね」
「意地悪な質問よねぇ。これで見習い騎士の教本って言うんだから」
 いつもの調子で言って肩を竦めたレイヴンだが、しかしその正体を知る少女や青年からすれば珍しく本心を出した意見だ。
「エステルとユーリはどう思う?」
「え? ええと、そう、ですね……」
「どっちでも無い」
「え?」
 端的に答えた青年に、問うたカロルは不思議そうに声を上げた。
「仕えるべき主を助け、そして崖から落ちた後にどうあっても這い上がる。忠誠を誓った主ならこうだ。だが、そうでないなら仕えるべき者による。己が命を賭けてまで助けるべきか、否か。――だからどっちでも無い」
 淡々と答えたユーリに、少年は勿論、最初に興味ないからと一言で終わらせたリタも、微笑を浮かべていたジュディスも、僅かに瞳を瞬いて驚いた。少し粗野な雰囲気のある青年の、言うなれば「真面目」な意見は彼らにとっては驚くべきものだったから。
「ほら、それ売りに行くんじゃなかったの」
「あ、うん。ついでに買出しもしてくるね」
 行こう、と買出しの担当となっていたリタとジュディスとレイヴンを促したカロル。少年の言葉に彼に着いて部屋を出たリタとジュディスを追った男は、扉に手をかけながらユーリを振り向いた。
「演技の上手い青年にしては珍しくお仕事モードだったじゃない」
「……ちと口が滑ったか」
「いいんじゃない。久々に模範解答以外の『正解』が聞けておっさん面白かったわよ」
 肩を竦めた青年ににやりと笑いながら部屋を出て行った男が扉を閉めると、それまで口を閉ざしていた少女が問い掛けた。
「模範解答以外の『正解』です?」
「騎士ならば如何なる時も主の剣であり盾であれ。それに従えば先ほどの問いの模範解答は『YES』、つまり助けるです。助けないは『NO』では無く論外ですね。私の解答は模範解答ではありませんが、理由付きで正解ということです」
「ユーリらしくて良いと思います」
「オレ、らしい、ね」
「……ユーリ?」
「いいえ、何でも。お気になさらずに、エステリーゼ様」
「もう、それは旅の間は無しだと約束したじゃないです?」
「人の目がある時はと旅の始めに申し上げたと思いますが」
「……ユーリは意地悪です」
 拗ねたように漏らした自らの主に僅かに苦笑してみせた青年は、ふと思った。先ほどの『模範解答以外の「正解」』を実際に見習い時代の試験官との面接で答えた時のことを。あの時はまだ自分が誰かに心から仕えるなんて無いと思っていて、けれど模範的な解答をするのも癪に障ってどちらとも取れる答えを出した。
 今なら?
 まずは自らの解答を実践するだろう。それが一番の理想だ。しかし、どうしても、二者択一のどちらかを選ばなければならないとすれば。
「Noだな」
「はい?」
「……再確認した所です。私が、お守り申し上げます、殿下」
「はい。ですが、わたしも何も出来ないわけじゃないです。ユーリの役目ではありますが、だからと言って自分から傷つきすぎないでくださいね」
 その言葉に跪き、深く頭を垂れてただ是と答えた青年は思うのだ。こうしてただの『模範的な解答』以外の『正解』を選ばせてくれる主だからこそ、二つに一つの正解を取れと言われたなら自らが「NO」とした「主を助けて自らは崖から落ちる」を選ぶだろうと思うようになったのだと。


*捏造騎士×姫設定の「21.YES」と「10.生まれる前」の間の旅のお話。肝心の部分をちょっとうまく言えなかった感が。

21.YES

【騎士姫パラレル/掌編】

「ユーリ、ごめんなさい」
「何が、ですか」
「わたし達の……皇族の問題のせいで貴方まで巻き込んでしまいました」
 心から申し訳無さそうに、俯きがちに青年の疑問に答えた少女。その出で立ちは城の中とは違い、動き易そうな服装――勿論良家の子女であることが分かる良い品――である。
「両殿下からお話を聞いた後からエステリーゼ様は何度も私にそうお尋ねになりますが、私の答えは変わりません。殿下の在る所に必ず居ります」
「……そうですね、ユーリはいつもそう答えてくれました」
「そもそも、そのようにお尋ねになる必要など御座いません。私は、殿下に剣を捧げた日からそれを当然のことと思っておりますから」
 右手を胸に当てて微笑しながら言った己の騎士の姿に、彼女は淡く頬を染めた。
「ユーリは、意地悪です」
「まだ、殿下からは『お許し』を頂いておりませんので」
「では許します。それにしばらくは身分を隠さねばならないのですから」
 権力に執着する貴族や評議員達。それらの起こしたごたごたを片付けるまで、帝都を出ていて欲しい、というのは未だ正式には決定していないものの、少女と彼の少年の間では決着がついている次期皇帝位継承者のヨーデルの言だ。
「では、キリが良いので明日からにしましょう。明日からしばらく人目のある場所では、私は貴女の護衛、貴女は貴族の子女」
「はい。好奇心旺盛なわたしが無理を言って家を出て、その先で知り合ったユーリに護衛を頼むんです。ユーリはほっとけなくなって着いて来てくれて」
 人に聞かれた時にどう答えるか、その「設定」を決めたのは物語が好きな少女である。本人の性格を生かしたその「設定」に、共に今後のことについて話していたヨーデルやフレン、そして当事者の一人であるユーリが苦笑したのは言うまでもないだろうか。
「ヨーデルとフレンですから、あまり長くはならないと思いますけれど……。その間、宜しくお願いします。無事に二人で、また帝都に戻って来ましょう、ユーリ」
 その言葉に、青年は少女の足元に跪いた。二人を守るように着いて来ていた青い毛並みの犬――専門に訓練された軍用犬である――もそれに合わせるようにお座りの体勢となる。
「Yes,Your Highness」
 普段とは違う出で立ちではあるものの、変わらない仕草と揺ぎ無い声。少女は微かに感じていた不安が溶けていくのを感じながら、自らの騎士に微笑みを向けた。

*捏造騎士×姫で「10.生まれる前」より前くらい。この旅でリタと知り合うんだ、きっと。で、後でこれは公式で「視察」ってことに。

20.ジャンプ!

【本編中/第三部終盤/追憶の迷い路/微ユリエス&パーティメンバー/掌編】


「さて、どうしたもんかな」
 不思議な空間。記憶の中にある地が、まるでいびつなパズルのように組み合わされて作られたかのような迷宮。
 どうにも不可思議というか不遜な声の挑発に乗るような形でこの迷宮に足を踏み入れた一行は、時折出てくるこの場所特有の魔物を退けつつ確実に奥へと進んでいた。
 そしてそれまで居た場所から新たな場所へと移った時、一行は魔物とはまた別の問題に直面することになる。
「これはやっぱり、あれを渡って行けってことなんじゃないかな」
 青年の呟きに答える形で、カロルが眼前に立ちはだかる問題――とても広大でしかも流れが急な川――の中に点々と見ることが出来る石や中洲を見て言った。
「これが現実ならバウルの力でひとっとび、なんだけどねぇ」
「残念ながらこの場所まで彼を呼び出すことは不可能よ、おじさま」
 レイヴンのぼやきにジュディスが言うと、それまでじっと川を見ていたリタが言う。
「あたしともう一人くらいならレビテーションで向こうまで行けるけど」
「あ、そうですね。以前わたしもリタと空中散歩したことがあります」
 ぽん、と手を打ってエステルが言うと、ああとユーリが頷いた。
「リステルか」
「そこ、変な略し方しない!」
「まあいいけど。ならリタはそれで渡って。ついでにラピードも一緒に」
 言って足元の相棒ラピードに視線を向けた青年。気にしていない様子ではあるが、明らかに躊躇が見られるその態度。彼の水嫌いを知る一行は態度に出さないものの内心で青年の言葉に納得していた。
「まあ、あたしは良いけど。で、どうするのよ、犬っころ」
「…………ワフ」
「ふふん、んじゃ行くわよ」
 彼等の中での意思疎通は出来たらしく、いつになく重い足取りで魔導少女の足元に歩み寄ったラピードに、少女は屈んで抱きつくようにする。
「こら、動くんじゃないの。暴れたら川の中に落ちるんだから」
 そして術を発動したのか、宙に浮いた一人と一匹は先んじて川向こうに到着した。
「それじゃあ私達も行きましょうか」
「う……、だ、大丈夫かなぁ」
「足場になりそうな所は個々そんなに離れてないし、慎重に行けば少年の歩幅でも問題ないっしょ」
 ひょい、と身軽に足を踏み出したジュディス。少し躊躇うカロルに声を掛けてレイヴンもひょいひょいと続く。結局少年も意を決して彼らに続いていき、ユーリはその後ろから気をつけろよと言いながら足を踏み出す。エステルは少しだけ息を呑んだ後、青年を追って最初の足場に片足を掛けた。
 レイヴンがカロルに言ったように、川に点々と存在する足場――石だったり小さな中州だったり――はそれほど離れていない。まるで橋の代わりにこれを使って渡れ、と意図的に用意されたかのようだ。恐らくはその通りなのだろう、とこの迷宮に導いた愉快犯的な声を思い出しながら青年の後に続いていたエステルは、はた、と足を止める。
 それまで少し足を伸ばせば届いていた足場が、急に途切れたのだ。川向こうまであと一息だが、しかし簡単に届く距離では無い。
「エステル、思い切ってジャンプするしかないぞ」
 先に到着した青年の言葉に顔を上げた少女は、再び足元を見てごくりと唾液を嚥下する。成功すれば到着、けれど失敗すれば……下手をすれば落ちるだけでは済まず、その急流に流されることだろう。
「受け止めてやるから、ほら」
「ほんとうです?」
「ほんとに。ほれ、ジャンプ!」
 促す声に引き寄せられるように、少女は軽く両手を広げた青年めがけて地を蹴った。

 

*追憶の迷い路に川なんてありませんが、まあそこは捏造で。

19.イエー!!!

【本編中/第三部終盤/パーティメンバーほのぼの/掌編】


「おめでとうございます、特賞です!!」
 カランカラン、と威勢良く鐘が鳴り響く。係の上げたその声とその鐘の音に、周囲を行き交う人や順番待ちしていた人々からも拍手が上がる。
「あら、当たったの?」
「本人は物凄くあっさりね。ていうかどれだけ引きが強いのよ」
 呆れたように漏らした連れの少女に、もう一人の少女が笑顔で言った。
「でも凄いです。特賞ってなんでしょう?」
「うん。気になるね。ガルドかな? それとも凄い武器とか?」
「特賞ねぇ……、ガルドでは無かったような気がするけど」
 さっきポスターで見たような、と首を捻りながら青年が呟くと、それを聞いていた男が頷いた。
「この福引って毎年やってるけど今までガルドが賞品になったことは無いのよね。ただ、その分賞品は良いもんばっかだけど」
「特賞は、あの幻の温泉郷ユウマンジュのカップル貸切権です! おめでとうございます!!」
 男の言葉に続くように係が賞品の内容を叫ぶと、一行の誰もがえ、と特賞を当てた彼女に渡された目録を見つめる。
 そこには確かに「温泉郷ユウマンジュ・カップル貸切権」と黒々とした文字が記されていた。
「ユウマンジュ……、そうだよね、確かに一般の人にとっては幻の温泉郷なんだよね」
「バイト先の一つみたいな感覚なんだけど」
「そうですね。お客というより、お手伝いをしたからか身近に感じます」
「それにオレ達出入り自由だし」
「えー、いいじゃないの、カップル貸切よ? おっさん立候補しちゃう!」
「あら、それならそうするわ。おじさま、一緒に行ってくださる?」
 にっこりと微笑しながら言った女性に、男は瞳を瞬いて再度問い掛ける。
「えーと、本当にいいの?」
「ええ。私は構わないわ」
「イエー!!! 雨が降ろうと槍が降ろうとお供するから!!」
 雄叫びを上げ、あまつさえ飛び上がって喜んだ男の姿に、女性を除いた一行の視線は生温かったり冷たかったり。しかしそれも、直後に驚愕のそれへと変わる。
「あ」
 誰のものか――恐らく目撃していた全員――の声の後、ついさっき喜びに飛び上がっていた男は小さな段差に踵を滑らせ、腰から倒れ込んだ。
 優秀な治癒術師である少女によって治癒術がかけられたものの、それでも打ち身に関してはその衝撃が強いほどしぶとく痛みは残るらしく、折角の休息日は安静にすることで費やされ、しかし期限が切れては勿体無いからと特賞は旅の最中に知り合ったある一組のカップルに贈られることとなった、とか。


*どうしてもおっさんしか浮かばなかったので、どんな状態でこんな雄叫び上げるかなー、とそこから浮かんだ捏造ネタ。最終的に贈られたカップルは移動宿屋のあの二人です。

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