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69.流れる

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ21歳・エステル18歳/7月5日/掌編】

「見てください、ユーリ」
「ん? ……ありゃ笹舟か?」
 日曜の夕方、趣味と実益と勉強を兼ねたスイーツ店巡りの帰り道。エステルの家に向かって歩いていた二人は、その途中にある川沿いの緑道に差し掛かった所で足を止めた。
 その原因となった声を発した少女は、危険防止の欄干の下に静かに流れる小川のある場所を指差している。
 そこに水面をすべるように浮いている緑色を見つけたユーリは、
それが笹船であることに気づいて瞳を瞬いた。
「明後日は七夕ですから、近所の子供が作ったものかも、です」
「ああ、なるほどな。ってことは、明日辺りに助っ人のお呼びが掛かる可能性が高いか」
「助っ人、です?」
 小首を傾げたエステルに、ユーリはああと頷いた。
「オレが養護施設の育ちってのは話したことがあったよな?」
「はい。小さい頃にご両親を亡くされて、そのご友人だった方に引き取られて。その方の運営するノードポリカこどもの園で育った……です?」
「そう。そこは園長の方針で、とにかく積極的に年中行事をやるんだ。だから七夕前は笹飾りとか短冊の準備、笹の用意に飾りつけ。まあとにかく器用な奴とか年長は色々前準備に駆り出されるんだが、OBのオレも例外じゃなくてな。何せ今、週に数回手伝いって名のバイトさせてもらってる身でもあるし」
 肩を竦めながら答えたユーリに、エステルはくすりと笑って言う。
「でもそれは、ユーリが頼りにされているからじゃないんです?」
「どうだかな。高い所に手が届くって良いわね、なんて古株の世話役に言われたことはあるけど。チビどもは遠慮のえの字も無く飛び掛るわよじ登るわ……オレはマジックハンドでもジャングルジムでもないっての」
 疲れたように吐息を漏らした青年の言葉は、けれど心底嫌がっているでもないことが良く分かり、少女はくすくすと楽しそうに笑った。
「わたしは少し羨ましいです。小父様も小母様もヨーデルも忙しいですから、小さい頃と違ってそういう行事は中々出来なくて。今はお正月とクリスマス、ひなまつり、くらいでしょうか」
「ふぅん。…………そんじゃ、体験しに来る?」
「はい?」
「オレは間違いなく声掛かるだろうし、煩いのが嫌でなければ、だけど。七夕」
「……いいんです?」
「夜だから家の人の了承を得てから、だけど」
「っ、はい! お願いします、ユーリ!」
 頬を好調させて笑顔で返事をした少女の様子に、一つ笑った青年は、思い当たったことに首を傾げながら呟く。
「……となると、大事な娘さんを連れ出す身としては、一度あんたの保護者に挨拶しとくべきか?」
「え!? あ、挨拶、です?」
「そう。じゃなくても、最近休日には良くオレに付き合ってもらってるんだし。エステルの言う小父さんと小母さん、この時間でもどっちか居る?」
「きょ、今日なら二人とも居ますけど、でも」
「安心しとけ。これでも社会人経験有りだから、きちんとすべき所ではそれなりに出来る」
「そうじゃなくて、です、あの……!」
「何?」
「……も、いいです」
 言葉が見つからず、頬を染めたまま諦めの言葉を紡いだ少女に、青年は気にした様子も無く一つ頷いてから先を促し歩き出した。
 そんな二人を余所に、話の発端となった笹舟は、時折揺れながらも静かな川を流れて行く。

*流れるって川かなー、でもこの暑い中サクラも何だし、そう言えばもうすぐ七月、七月と言えば七夕だなー、という連想ゲームで。

68.ひこうき雲

【芸能界パラレル「Act!」設定/撮影所にて/短編】

※この話はMainの「Parallel world」にある芸能界パラレル「Act!」設定での掌編です。詳細はそちらの設定をご覧下さい。こんな特殊なパラレルでもオッケーという方は、折りたたみの中(携帯の方はこの下)をご覧下さいませ。


「あー……、こりゃしばらく待ちだな」
 快晴の空から降り注ぐ日差しを遮りつつ、見上げて言った黒髪の青年に、同じように空を仰いだ男が同意した。
「そうね。あの監督さんならそう言うかもねぇ」
「あら、それなら日焼け止め、塗り直して来ようかしら。そろそろ汗で落ちて来そうだもの」
 むき出しになった肌を撫でながら言った女性に、空を仰いでいた二人の男性の視線が向けられる。
「汗ねぇ……。そんな風には見えねぇけど」
「ジュディスちゃんはいっつも涼しげだしねぇ。でも塗り直すなら、おっさん喜んでお手伝いしちゃう」
 両手を擦り合わせて一歩踏み出した男に、飛んできた何かが当たった。見事に男の後頭部を直撃したそれは、飲み口が二つついている冒険用の水筒。
「真っ昼間からいかがわしいのよ!」
 両手を腰に当てて声を上げた少女に、彼女と共に歩んで来たエステルとカロルがそれぞれに苦笑している。
 一方、ぶつけられた男――レイヴンは頭を抱えてうずくまり、涙目で振り向いた。
「ひ、酷いリタっち……。今のたんこぶものよ?」
「う……」
「たんこぶね。オレも経験あるけど、あれで被り物やるとキツいな。ヘルメットとかカツラとか。おっさん確か、後で別の撮りだよな、時代劇の」
「うう……」
 レイヴンに次いで、黒髪の青年――ユーリが言うと、少女はバツが悪そうに視線を逸らす。
「不可抗力ならまだしも、それ以外で役者がケガすんな、させんな。仕事をしている以上、周囲への影響も考えろ。経験は浅くても、お前はプロとしてここに居るんだからな、リタ」
 淡々と少女――リタを諭した青年に、彼女は俯きがちに頷いた。
「レイヴン……、ごめん、なさい」
「あー、いいのよ、分かってくれれば。リタっちの経験値はプラスになったっしょ?」
「……ん」
 ひょいと立ち上がったレイヴンは、ぽん、と一つ少女の頭を叩く。
「今の青年の言葉は耳に痛かっただろうけど、ちゃんと言葉で言ってくれる人間ってこの業界じゃ珍しいんだから、そういう意味では恵まれてるのよ~、リタっちは」
「おじさまの言う通りね。私たちはある意味体が資本だもの。私も言われた時は色々痛かったけれど、今はとても大切な基本になっているわ」
 フォローするように、やはりまだ役者としての経験はあまり長くない女性――ジュディスが言い添えれば、リタはまた一つ頷いた。
「ねえユーリ、ところでどうして待ちなの?」
 沈んだ空気を払拭しようとしてのことか、純粋な疑問のためか――恐らくは半々――不思議そうに口を開いたカロルに、ユーリは空を見上げる。
「良く晴れて絶好の撮影日和、なんだが……。撮ってる作品のことを考えれば不味いんだよ」
「…………あ、ひこうき雲、です? ユーリ」
「正解」
「そうなの?」
 正解を出して嬉しそうなエステルに、まだ答えが疑問の穴にはまらない少年が首を傾げた所で、少女の声が響いた。
「ひこうき雲は、ジェット機のエンジンから出る排気ガスの中の水分が高高度の低温下で氷結することによって出来るもの。……この話の中に飛行機なんて科学の産物は出て来ないんだから、あったらおかしいでしょ」
「あ、そっか。リタ、良く知ってるね」
「理科の知識と雑学。別に大したことじゃないわ」
「そんなこと無いです。色んなことを知ってる方が、演技に幅が出て良いんですよ。ユーリもそう言ってましたし」
 ね、とエステルが笑顔で青年を促すと、そうだなと彼は頷く。
「素地は十分なんだから、後はこの世界独自のルールが頭に入れば向かう所敵なしなんじゃないの」
「あら、それは強敵ね」
「ファイトです、リタ!」
 いつもの微笑に悪戯な雰囲気を覗かせて言ったジュディスに、純粋に少女を応援するエステル。それぞれの言葉に感じた励ましに、リタは落ち着かなさげに視線を彷徨わせた後、小さく礼を口にした。
「リタっちが元気になった所で、お茶しに行かない? 青年が予想した通り、待ち、だって」
「そうだね。……でも、この作品って戦闘中の術技とか、魔導器の効果には惜しげもなくCG使うのに、天気関係だと殆ど無いよね」
 拡声器を使ってしばらく待機の旨を知らせる助監督を指差した男に、カロルが頷きながら疑問を口にし、なんでだろうと首を傾げる。
「美術でも難しい所には盛大に使うけど、それ以外に何とかなることなら極力自然のままに撮る、ってのがあの監督の持論みたいだな。その分時間が押すこともあるけど、作り物では出し切れない質感が出て、それがこのシリーズの売りの一つでもあるんだし」
「このシリーズのメインキャストは、撮影期間中は拘束され易いんだけど、その代わり作品作りの勢いとか熱意は凄いから演ってて楽しいのよね」
 年上の男二人の言葉に感心したように声を漏らした少年は、青毛の犬を伴って撮影所の一角に用意された休憩場所に向かって歩き出す。女性陣三人もそれを追って、談笑しながら歩き出し、残ったのは大小二つの影。
「青年の口から聞けるなんて、年月を感じさせるわねぇ」
「……今のあんたを見てると、トラウマもんだけどな」
「えぇっ!? 酷い青年!」
「そういうとこだよ。フレンは完全に演技だって思い込んでるけど、これが真実だって知ったらどうなるんだか」
 それはそれで少し見てみたい気はするけど、小さく肩を竦めて呟きながら歩き出したユーリ。そんな長身の青年の後姿を一歩後ろで眺めて、遠い記憶との差異に改めて年月を感じた男は、ふと口元を持ち上げながら続いて歩き出す。
 彼らの頭上にはまだ、青い空に一条の線の如く鮮明な白いひこうき雲が描かれたままであった。


*実は青年とおっさんは昔に知り合っているんです、はい。

67.曇り空

【本編中/第三部終盤/ヘリオード/ユーリ&カロル&レイヴン/掌編】

「仕方ないけど、雨か曇りか霧ばっかだと少し滅入るね」
 部屋に入って換気の為にと窓を開けた少年の言葉に、荷物を下して剣を寝台の横に立てかけていたユーリが顔を上げる。
 少年の見上げる窓の外に広がるのは、暗雲立ち込める曇り空だ。
「確かに快晴、ってのは中々無いけど。仕方ないってのは何かあるの?」
「土地柄って言うのかな、カルムクラボからケーブ・モック大森林の間は昔から雨の多い場所なんだ」
 カロルの答えに、やはり荷物を置いたレイヴンが付け加えた。
「森林地帯だしねぇ。だから、カプワ・トリムからダングレストへ向かう旅路には防水性の高い外套とかが必須なのよね」
「へぇ。さすがおっさん、年の功? それとも昔とった杵柄?」
「青年、どっちも嫌なんだけど……」
 おっさんは天気より青年の言葉に滅入っちゃいそう、と言って不貞寝とばかりに寝台に横になる男に、少年が嘆息する。
「レイヴン、落ち込むのは後にしてよ。ボクと一緒に買出し当番だよ」
「少年まで俺様をいじめる~……。もっと年上を労わってちょうだいよ」
「それって、自分で年取ってるって認めてるんじゃないの」
 半眼で返した少年は、先に行ってるからねと部屋を出て行った。
「おっさん、うちの首領は怒ると結構激しいんだから、さっさと行ってくんない?」
「それはおっさんも分かってるけどね。何せ一度この身で体験したし」
「オレは何とか未遂だったけど。……つーか未遂じゃなかったら五体満足じゃなかったかもな」
 あれはさすがに肝が冷えた、と肩を竦めた青年が思い返しているのは、数週間前にあった暗い森の中のことだ。その様子を見ていた男は、面白そうに笑って返す。
「あの時はハンマーだったから潰されてたかもね。もし剣だったらみじん切り?」
「……あの勢いは普段の戦闘中より鋭かった、絶対」
「そんだけ気に掛けてるってことでしょ」
「…………それはおっさんにも言えることじゃないの」
 言い合って、そして少しの間を置いて溜息を漏らして。
「おっと、そろそろ行かないと今度はおっさんが青年と同じ目にあっちゃいそうだわ」
「いっそそうなってみれば。オレは祈っててやるよ」
 小走りで出て行く男に背を向けてひらひらと手を振ったユーリ。
 騒々しい走りなのに、実際にはそれほど大きな足音を立てないのは身体に染み付いた習性というやつか。そんなことを思いながら、先ほどまで自らの所属するギルドの若き首領が立っていた場所に歩を進めた青年は、開け放たれた窓から空を見上げる。
「世界が続けば、曇り空ばっかのこの街でも青空が見られる日を悠長に待つことだって出来るわけ、だな」
 世界規模の問題を何とかして、少しの間休んで、それからまた旅に出た時にはそれも良いかもしれない。
 口角を持ち上げた彼は、今は暗い曇り空の向こうに隠れた青空を思い、一人静かに微笑した。


*たまには「ドキっ☆男だらけ」の話で。(嘘です)

66.雨の日

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ22歳・エステル19歳/梅雨時/掌編】


 今年の春にオープンしたばかりのパティスリー&カフェ「Vesper」には、不思議な決まりがあった。
「あら、ユーリ、雨よ」
 店頭の客が引き、カフェスペースに現れたジュディスが窓の外へと目を向けたままカウンター内に居るユーリに声を掛ける。
「あぁ……、こりゃ強くなるか? 悪い、エステル。少し抜ける」
「はい」
「カフェスペースは任せて。その代わり、戻って来る前に店頭の方をお願いね」
「はいよ」
 ユーリと入れ替わりでカウンター内に入ったジュディスは、背後の戸棚の中から販促用のPOPを取り出し、まず一つ目をカウンターの上に置いた。
 そしてカウンターから出た彼女は、カフェスペース内のテーブル席を回って、同じようにPOPを置いていく。
 その様子を眺めていたエステルは、今頃ユーリも同じようなこと――店頭へ傘立てを出し、ショーケースの上にPOPを置く――をしているのだろうな、と思った。
 そう間もなく作業を終えたユーリが戻って来ると、エステルは疑問に思っていたことを問いかける。
「ユーリ、聞いていいです?」
「ん?」
「どうして雨の日はサービスデイなんです?」
「ああ、これ」
 これ、とカウンター内に入ったユーリが置かれたPOPを示しながら言うと、エステルは頷く。POPには『Rainyday service』と傘のイラストと共に文字が目立つように配置されており、その下に更に詳しい内容が記されている。
 雨の日に来店し、ケーキセットを注文した場合には10パーセント割引。または、次回来店時に二つ目を注文する場合、500円以下のケーキを無料で引き換えられるカードの発行。
「雨になると客足が落ちるが、だからこそこういうことやって、雨の日は勿論、普通の日の集客率アップを狙ってるわけ」
「まだ知る人は少ないけれど、でもこれを知った方はそれなりに雨の日でも足を向けてくださるようになったわね」
 終わったわ、とカフェスペースの準備を終えたジュディスが戻って来ると、ドアベルが響いた。
「あら、早速ね」
「もう少ししたら交代する」
「いいわ。その代わり、カフェスペースはお願いするわね、オーナー?」
 くすり、笑って店頭へ向かった彼女を見送ると、ユーリは磨きかけのシルバーを手にする。
「さっき言ったの以外に、雨の日、ってのにも理由があるんだけどな」
「そうなんです?」
「そう。何だと思う?」
「……ええと、なん、でしょう?」
「分かったら次の新作の試作、出してやるよ」
「ええっ!? 分からなかったら……」
「当然おあずけ」
「ユーリ、意地悪です……」
 むぅ、と頬を膨らませながらも、新作の試作品は惜しいのか、眉根を寄せて一心に思案するエステル。
 その様子に口角を持ち上げた青年は、分かった時に少女がどんな顔をするのか楽しみだ、と喉の奥で小さく笑う。
 雨の日なのは、今に至るきっかけであった再会の日がそうだったから、なのだと。


*いつだったか、雨の日の仕事の帰りに雨の日割引をしているお店を見かけたことが元ネタ。

65.大好き!

【騎士姫パラレル/エステル&リタ/短編】

「はい、これ」
「……はい?」
 急に差し出された何かを反射的に受け取ったエステルは、疑問を浮かべた表情で差し出した少女を見た。
「あの、リタ……これは何です?」
 エステルの両の手のひらに収まる程の大きさの水晶は、半分にされた半円の状態で白銀の台座に固定されている。
「準物質的要素循環式力場発生装置よ」
「え、ええと……準物質……?」
「簡単に言うと、エアルをマナに変換してその力で結界を作り出す装置ね。風属性も付与してるから、防音効果もあるわ」
 ほら、とエステルの手の平の中の水晶に手をかざした少女。若干のエアルを鍵としてその力をマナへ変換、風属性の力として構築されて周囲に「場」を作り出す。
「分かる?」
「はい。隔絶、された気がします」
「光と闇の力の合わせ技ってとこね。この『場』が発生した時点で、外と中が切り離されるのよ。よほどエアルの力を視ることに長けてる奴じゃなきゃ、まず分からないと思ってくれていいわ」
「それはリタでもです?」
「まあ、面倒ではあるわね。特殊な術式を組んでるから、その空間が怪しいと思って調べない限りは、あたしでも見逃すかも」
 小さく肩を竦めて言ったリタは、真剣な顔で続けた。
「あんたの立場じゃ、これからも狙われておかしくないんでしょ? それに……防音も出来るから、これがあれば、これからもあの男の前で『エステル』でいられるんじゃない?」
「リタ……、有難う御座います」
「べ、別にあたしは……。作ってみたかったのもあるし。そのついでよ、ついで」
「ふふ、大好き! ですよ、リタ」
「な、な、何言ってんのよ! そういうことはあの男に言いなさい!」
 頬を赤く染めて言い返したリタの言葉に、エステルも頬を染めて言い返す。
「リタこそ、何言ってるんです。わ、わたしは別に……」
 その時、部屋の扉がノックされ、どこか慌しく開く。ティーセットを乗せたトレイを片手に、空いた手はいつでも得物を抜けるようにしながら入室した黒の聖騎士は、さっと周囲を見回す。
 しかし彼は、ある一点で視線を止め、軽く目を眇めて口を開いた。
「リタ・モルディオ。幾ら殿下の友人とは言え、このような実験は私が居る場でしてもらおうか。三つ数える内に解除せよ」
「……エステルのことについては『騎士』の方がよっぽど性質が悪い気がするんだけど」
 堂々と守るべき立場だからこそ、身分を偽って外を旅していた時よりも。
「そうです?」
「そうよ」
 気づいてないのは守られている本人だけ。
 少女は小さく溜息を漏らしながら、結界装置に手を伸ばして装置を停止させた。
 青年の目には突然表れたように見えるだろうに、動じた様子も無く主の無事を確認し、警戒を僅かに緩める。それを見ていたリタは、守りの意味よりもただの防音装置として使用される頻度の方が高くなりそう、と内心で僅かに嘆息するのだった。

*捏造騎士×姫設定の「22.NO」と「10.生まれる前」の間のお話。魔導器とかマナとかのことに関して色々捏造含んでますのであしからず。

64.はばたき

【本編中/第三部終盤/パーティメンバー/ほのぼの/掌編】


「……っ!」
「……ですっ!」
 宿の部屋の窓辺に立つ大小二つの姿に、買出しから戻ってきた青年は何事だと思いながら中へ入って行った。
 受付の主人に一言挨拶をして、一行が押さえている大部屋の扉を開くと、先ほどユーリが外で見た二人――カロルとエステルの声が聞こえてくる。
「もうちょっと!」
「もうちょっとです!」
 小声なのは何故か、疑問に思いつつも部屋へ入った彼に、寝台に腰掛けて得物の手入れをしていたジュディスが声を掛けた。
「お帰りなさい、ユーリ」
「青年、お疲れさん」
 こちらは床に座り込んで、やはり得物の手入れをしていたレイヴンが続いて口を開く。
「何かあんの?」
 あれ、と窓へ視線を向けながら尋ねたユーリの問いに、ジュディスが微笑しながら答えた。
「ええ。鳥の巣が」
「……ああ、そういうこと」
 良く見てみれば、窓辺に立つ二人が熱心に視線を向け、声を掛けている先には木があり、その枝には鳥の巣らしきものが見えた。何か動いているのは、今正に巣立とうとしている雛なのだろう。
「カロル少年が見つけて、嬢ちゃんも気づいてねぇ。で、リタっちは馬鹿っぽい言いながら、ほっとけないのかあの通り」
 男が口元を歪ませながら示した魔導少女は、窓辺に程近い備え付けのテーブルに肘を突きながらちらちらと二人を伺っていた。
「危ない!」
「落ち……!」
「っ……!」
 と、魔術を発動させようとエアルを収束させ始めたリタに気づき、ユーリは大股に歩み寄って後ろからその口を塞いだ。
「むぅ! っ……!」
「はいはい。いいから黙って見とけ」
「ユーリ?」
「ユーリ、お帰りなさい。あの、どうしたんです?」
 どう見てもリタを後ろから羽交い絞めにしつつ、口を塞いでいる青年に、窓の外から視線を逸らした二人は不思議そうに彼を見る。
「この魔導少女が余計な口を出そうとしてたから、止めたの」
「っ、余計なって何よ! あたしは落ちないようにしようと……」
「あ、そうだよ! 雛が落ちちゃう!」
「ま、まだ大丈夫です?」
「こら、落ち着け。心配するのは良いけど、手出しすんなっての。それこそ巣立ちの邪魔だ」
 ユーリの言葉に、少年と少女は表情を曇らせ、彼の腕の中から何とか抜け出した魔導少女は憤りを隠さぬまま反論した。
「何よ。落ちそうになったのを助けようと思っただけじゃない」
「もしかしたらそれがきっかけで飛んだかもしれないのに? 飼い慣らされた鳥じゃない、あいつは野生の鳥だ。これまで親鳥に育てられて、今自分で野生の世界に飛び込もうとしている、な。ここで人が手助けしちまうと、甘えが生まれる。それが野生に生きる動物にとって命取りになるかもしれない。……だから手出しすんな、って言ってんの」
 それに、ほら。
 窓の外へ視線を向けた青年は、口元を持ち上げながら続ける。
「あいつはあんたらの心配なんか関係ないみたいだぜ?」
 その言葉に少年少女が窓の外へ視線を向けた直後、雛は何度か羽を動かした後、宙へ飛び出し――その羽を広げて飛んだ。
「わ……!」
「飛びました……!」
「飛んだ……!」
「何でも助けりゃ良いってもんじゃない。……野生に生きる奴等は、オレ達が思ってる以上に強かだし」
 言って更に視線を上げた先に広がるのは青い、青い空。
 先ほどまで雛だった、巣立ったばかりの鳥は、その翼を広げて悠々と空をはばたき……やがて逆行の中に消えた。


*何でもない日常と、少し真面目なお話。

63.フラッシュバック

【本編第二部/IFの世界「endless world」設定/掌編】


※この掌編はIFの世界の「endless world」設定が前提となっています。関連三話と違い、キャラクターの死などには触れておりませんが、「endless world」を読まれていないと意味が分からない部分もあります。ご了承の上、ご覧ください。


 ――これ以上……誰かを傷つける前に……。
 お願い、わたしを。
 ――お願い……。
 わたしを、どうか。
 ――殺して。

 ハッとして、瞳を見開いた彼女は早鐘のように鳴り響く胸を抑えながら、ゆっくりと身を起こした。
 途端、つ、と頬を伝い落ちる涙。
 深呼吸を繰り返す。
 ようやく落ち着いた頃、ゆっくりと周囲を見回して、此処がザーフィアス城内の自分の部屋ということを確認した彼女は、無意識の内に緊張させていた体から力を抜いた。
「……今の、は」
 夢なのだろうか。
 軽く頭を振って、違うと少女は思う。
 夢よりも、フラッシュバックと呼んだ方が相応しい記憶の揺り返し。
 あまりにも現実的で、それにまだ、思いが残っていそうなくらいで。
「あ……」
 それなのに、夢なのだと「何か」が言うように、その記憶は手の平から砂が零れ落ちていくように薄れていってしまう。
 これでは駄目だ。せめて一欠けら、それだけでも零しはしないとでも言うように、夢に見た情景で一際印象に残った場面を脳裏に焼き付ける。
 黒髪の青年が何かを訴えるように声を上げ、その手にあるものを彼女に見せた。
 それは――。
「駄目、です。駄目、なのに……」
 零れ落ち、そして、消える。
 焼き付けた場面すら薄らいで……。
「……――」
 知っていたはずの名は、声にして紡がれずに吐息となって消えた。

 ――それは、おわらないせかいのはじまりの、すこしまえのこと。


*前回の同設定掌編「38.デジャヴ」がユーリ視点のものだったので、今回はエステルで。旅の始まる前というところでしょうか。

62.誰にも言えない

【騎士姫パラレル/短編】

「何日ぶりでしょう」
「おおよそ一週間ぶりです、殿下」
「ユーリ、その口調」
「分かっております。ですが殿下、先に結界を」
 促され、少女は「あ」と言葉を止めて苦笑した。部屋備え付けのテーブルに歩み寄った彼女は、その上に置かれた小型結界魔導器に手をかざす。
 防音と他者の侵入を防ぐその結界装置は、少女の友人である天才魔導士が造り上げたものだ。
 ふ、と変わる空気。
 途端に背中から抱き締められた少女は、自ら寄り添うように青年の胸にもたれた。
「久し振りだが、あんま長居は出来ない。悪いな、エステル」
「……いいえ。今日も、無理をして来てくれたでしょう?」
「長期視察の間、護衛隊の件も含めて調整するのは、あんたの近衛騎士であるオレの役目だからな。……仕方ないっちゃ、仕方ないんだが」
 勿論、公式の場では彼女の近衛騎士として常に傍に付いているユーリではあったが、その代わりそれ以外の時間ではどちからかと言えば裏方のような仕事で目も回りそうな忙しさだ。
 傍に居られる時は「公」の態度しか取れず、少ない「私」の時間は顔を合わせる暇さえ無い。
 旅先ではうっとうしい目も減り、その辺りは快適ではあったが、しかし現実がこうとなると、城に居た方が余程良いのでは無いだろうか。
 ユーリは少女の肩口に額を乗せて溜息を吐いた。
「大丈夫です?」
「ああ。悪天候にさえ見舞われなければ、帝都まであと二日ってとこだ。何とかな」
「もう少し、余裕があればもっと良かったんですけれど」
 残念そうに呟いたエステルに、しかしユーリは苦笑する。
「皇族の、しかも現陛下の副帝ともなれば、これくらいだって余裕がある方だ。今回は陛下が即位され、それに伴ってあんたが副帝となってから初めての公式視察だから、事前に念密な根回しとかしてたけど色々噛みあわない所があってそこんとこの余裕が無かっただけ」
「そう、なんです?」
「オレが近衛に就いてから数年。その間に鍛えたから、あいつらに護衛を任せることに不安は無いけどな。でもあんたは色々あって、副帝になる前は帝都外への視察をしたことが無かったろ? これからこういうことがあれば、じきに慣れる。……と、こんな話をしに来たんじゃなかった」
 青年の腕の力が緩むと、腕を引かれるままに向かい合ったエステルは、降りてきた端正な顔に気付いて仰向いて瞼を閉ざした。
 柔らかな熱が重なり合い、離れ、重なる。
「ん……、ユーリ……」
「先に言ったけど、時間の余裕が無い、あと……オレの余裕も」
 背中に回された腕が器用に背筋を撫で上げ、彼女のお気に入りの青いドレスの肩をずらし、顕わになったなだらかなそこに唇を落とした。
「大丈夫、でしょう、か」
「外?」
「はい……」
「魔導少女のお墨付きだ。余程の声を上げなきゃ、問題ないだろ」
「……っ」
「抜け出して来た手前、隊の奴等には、悪いとは思うけど。まさか、正直に何をしに行くかなんて言えないし」
「そんなの、当たり前、ですっ」
 誰にも、そう、二人の想いを知る本当にごく少数の友人達にさえ。
 帝国の若く美しい慈愛の副帝と、その傍に常に控える騎士の中の騎士たる聖騎士。
 その二人が、互いを渇望して夜に忍んでいるなんて。
 誰にも言えない。


*捏造騎士姫シリーズの一作。「10.生まれる前」の更に未来のお話。

61.依存症

【ED後/原作ベース/レイリタ/短編】


「はぁ……」
「ちょっと、動くなって言ったでしょ! たく、またやり直しじゃない」
 眉を寄せて声を上げた少女は、エアルを霧散させると、ぶつぶつと文句を言いながらもう一度男の魔導器へ手をかざした。
「えー、酷いリタっち。俺様に息するなって言うのぉ?」
「大きく動くなって言ってんの。今みたいな溜息だと、肺が大きく膨らんで拍動が拾い辛くなるわけ」
「って言ってもねぇ……、おっさんだって意識してたわけじゃないし」
 言いつつも、少女の指示通り、大きく動いたりはしない男。
 それからしばらく互いに無言で居たが、気になったのだろう、リタが作業の手はそのままに口を開いた。
「で?」
「何?」
「いっつも軽いおっさんにしては、少し重たい溜息だと思ったから聞いてみただけよ」
「リタっちってば、心配してくれたの? おっさん嬉しい!」
「そ、そんなんじゃないわよ! はい、終わり! さっさと身支度!」
 ふ、と作業を終了させて男から離れた少女は、眉を吊り上げながら声を上げるが、言われた男はと言えば彼女の頬の赤さに口元を緩めるばかりである。
「別におっさんはこのままでも問題無いけどねぇ」
「ちょ、寄るな、歩く反公共良俗!」
「もう、相変わらず照れ屋なんだから。別に珍しいもんじゃないでしょ、何度も見てるんだし」
 心臓魔導器の状態確認の時も、そうじゃない時も。
 わざと囁くように続けた男の言葉に、リタの頬が更に赤く染まった。
「ばか」
「はいはい、おっさんは馬鹿ですよ。おまけに依存症だしねぇ」
「…………変な薬でもやってるわけ?」
「違うってば。まあ、おっさんだけの依存症じゃない? リタ・モルディオ依存症」
 口元を歪めて面白そうに笑んだ男は、呆気に取られて固まっているリタを引き寄せて腕の中へ囲い込む。
「リタっちも、おっさん依存症になってくれたら嬉しいんだけど」
「……バカっぽい」
「つれないなー、リタっちってば。そういうとこ、好きだけどね」
「何言ってんのよ! あたしは……」
 あたしだって、とっくに依存症よ。
 囁きよりも小さな声で零れた彼女の本音。それをしっかりと耳に拾った男は、口元に笑みを浮かべる。
「い、言っとくけど! 魔導器込みで、なんだから!」
「はいはーい、分かってるわよぉ? この心臓魔導器は、おっさんの命そのものだもんね? てことはつまり、リタっちってばおっさんのことまるごと愛してくれちゃってるわけよね?」
「ば、ち、ちが……!」
「違う?」
「………………違わない」
 ぷい、と男の腕の中で顔を背けるリタ。その頬も耳も首も淡く染まっていて、素直じゃない、けれどある意味とても素直な少女を、レイヴンはやんわりと腕に力を込め、逃さないように抱き締めた。

*レイリタシリーズ関連のお話。これはOther talesのキスのお題の「掌の上なら懇願の」より後の位置付けにあるお話です。

60.夜

【ED後/下町の下宿にて/ユリエス/掌編】

「エステル、いい加減に部屋に戻れ」
「もう少しだけ……駄目、です?」
「駄目。そう言ってもう二時間は経ってるし」
 青年を窺うように尋ねた彼女に対し、きっぱりとそう返したユーリは、目に見えて落ち込むエステルの様子に溜息を吐いた。
「折角隣の部屋が空いたんだし、あんたもゆっくり休めば良いだろ」
「わたしはユーリの部屋でもゆっくり休めましたよ?」
「オレが一緒なのに?」
「えっと……、その、はい。少し、ドキドキしましたけど。ユーリの気配はとっても安心します」
 淡く頬を染めて答えたエステルに、ユーリは再度大きな溜息を吐く。
「……分かった、いいから部屋に戻れ」
「ユーリは……、わたしが居たら迷惑、です?」
 その問いは卑怯だ、と黒髪の青年は内心で呟いた。
 これが意図して尋ねているわけでは無いのだから参る。自分が口にした言葉が、その問いが、この状況下にある男にとってどんな意味を持つのか等、恐らく欠片も思っていないだろう。
 いっそ懇切丁寧に説明して気付かせてやろうか。
 理解すれば彼女は頬を染め、慌てて隣の部屋に戻るだろう。容易に予想出来て、それが良いのかもしれないとも思った。
 しかし、もし理解して、それでも戻らないと言ったのなら?
(……戻れなく、なるのか?)
 この数日、きちんと言葉にして伝えていないとは言え、好意を持つ異性と一つ屋根の下、それも一つの部屋で寝起きしていた。健全な成人男子としては、ある意味何よりの苦行の日々だった。
 据え膳食わぬは、という男にとって都合の良い、どこかの古い諺が何度も脳裏を過ぎりながらも耐えてきたのは、最後の一歩を踏み出せない気持ちがユーリの中にあったからでもある。
 このままが一番良いんじゃないか、そう思って前にも後にも進まず、エステルのことに関してはいつの間にか立ち止まっている自分が居て。
「……ユーリ?」
 ずい、といつの間にか間近に迫っていたエステルが不思議そうに問い掛ける。
 少し身を屈めれば、簡単に触れることの出来る距離。
「あんたは、オレを何だと思ってる?」
「え?」
「オレは、男で。あんたは女で。……こうやって」
 腕を伸ばし、少女の体を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた青年は、驚きに目を瞠ったエステルを見下ろしながら続けた。
「身動き出来ないようにすることだって、出来る」
 髪に、耳元に、触れるか触れないかの加減で唇が降りていく。離れなければ、と奥歯を噛み締めて腕の中に抱きこんだ少女を突き放すように解放すると、青年は表情を消して言う。
「エステル、早く部屋に」
「…………嫌、です」
 小さく笑んで、少女は自ら青年へ寄り添った。
「わたしは、ユーリと居たい、です」
「ちゃんと分かって言ってる?」
「今は。でも、分かる前も思ってたんですよ。ユーリだから、同居させてくださいってお願いしたんです」
 他の誰かなら、簡単にお願いなんか出来ません。
 そう続けた彼女を、青年は再び己の腕の中へと引き寄せた。
「あんたが来て、追い返さなかった時に答えは出てたのかも、な」
「そうなんです?」
「こんなことなら、睡眠不足になる前にさっさと負けとくべきだったぜ」
「ユーリ、眠そうにしてたと思ったら、寝てなかったんです?」
「だからって、今日はちゃんと寝ろ、なんて寝不足が続くより残酷なこと言うなよ。嫌だって言って、残ったのはあんたなんだし」
「あの……、はい」
 恥ずかしそうにしながら腕の中で俯きがちになった少女の頬は、淡く染まっている。それを見て楽しげに口元を持ち上げた青年は、ここから今までの回り道が嘘のように近道をするけれど、取りあえず順番どおりに、と思いながらエステルの耳元で一つの言葉を囁く。
 そしてその夜、青年の部屋の扉が開くことはなかった。

*「7.事情」「57.眠れない」の数日後。なんちゃって同居生活の進展編と言ったところでしょうか。

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