美容歯科 税理士 求人 day

記事一覧

9.はじめての日

【本編中/帝都脱出直後/ユーリ&エステル&ラピード/掌編】

 帝都下町から脱出し、一歩結界の外に出た二人は、目の前に広がる広大な「世界」に迎えられた。
 どこまでも続いているような広い大地、青々と茂る草に描かれたような街道、遮るものがなく吹き抜けて行く風、何ものにも切り取られずに頭上に広がる青い空。
「す、ごい……」
 正真正銘、これまで外に出たことが無かった、それどころか城という豪奢で広い籠から出たことのなかった少女は、あらゆる五感を刺激するような初めての「世界」に、沸き起こる感情をその一言に乗せて零した。
 隣に立つ青年もまた、その光景に目を奪われていた。結界の外に出るのは初めてではない。過去、騎士団に在籍していた短い間に任務でもって帝都近郊とは言え出たことがあるのだ。
 けれど、何にも属さないただのユーリ・ローウェルとしては彼にとっても今日が初めての日で。
「これを見ると、広い帝都もちっぽけなもんに思うんだよな」
「ユーリは、帝都の外に出たことがあるんです?」
「昔、仕事でな。個人としては今日が初めてだけど」
「それじゃあ、お互いに今日が『はじめての日』です」
 嬉しそうに微笑みながら青年を見上げて言った少女に、彼もまた口元を持ち上げ、そうだなと同意する。
「取り合えずこの快晴だ、他の状況はどうあれ、天気だけは幸先が良い出発になって何よりだぜ」
「はい。まずはデイドン砦、です」
「この街道を真っ直ぐ北だな。追いつかれる前に進むか」
「ワン」
 頷くと、ユーリに答えるように足元に座っていたラピードが腰を上げて一声吠えた。
「あの、そちらは?」
「ラピード。オレの相棒な」
「分かりました。宜しくお願いします、ラピード」
「ワフ」
「――そんじゃ……行くか、エステル」
「はい、ユーリ、ラピード」
 そうして二人と一匹は、陽光の降り注ぐ下「世界」への第一歩を踏み出した。


*帝都を出た直後を管理人的妄想で。

8.名前を呼んで

【本編中/ヘリオード出発後~ダングレスト前/エステル&カロル&リタ中心で微ユリエス/短編】

「エステル」
 名前を呼ぶと、少女はいつも笑顔で視線を向け、歩み寄って来る。
「はい、何ですカロル?」
「うん。ダングレストまでまだ距離があるし、皆がそれぞれ持ってる薬の確認をしようと思って」
「あ、はい。そんなに多くは持って無いですけど」
 ひらりとしたスカートの隠しに入れていたのだろう小さな皮製のポーチ。開いて中に収められている薬品の種類と数を告げていくエステルに、カロルはメモを取っていく。
「――以上です」
「ありがとう、エステル」
「お安い御用です。それに、いざという時はわたしも居ますから」
「勿論、頼りにしてるよ。でも頼りすぎても駄目だと思うし、これは旅をしていく中で大切なことだからね」
 カロルの言葉に頷いた時、また別の声が少女を呼んだ。
「エステル」
「はい。どうしたんです、リタ?」
「べ、別に大したことじゃないけど……。ガキんちょと話し込んでるから何かと思っただけ」
 ヘリオードでの一件以来、エステルに対してはこんな態度を多く見せるようになった魔導少女。淡く頬を染めてふい、と視線を逸らしながらも歩み寄ってくる様子に、年上のほわんとした少女は微笑を浮かべた。
「持っている薬の確認です。カロル、リタにはもう聞いたんです?」
「え? あ、ううん、まだだけど」
「それなら丁度良かったです」
 ね、と笑顔を向けられてリタは口元を曲げながらも腰のポーチに手を掛けた。
「一度しか言わないわよ」
「わ、ちょ、ちょっと待って!」
 魔術を主な攻撃手段とする魔導士の彼女らしく、滑舌良くすらすらと薬品の種類と数を声にしていく。一度しか言わないと言ったからには嘘では無いのだろう、必死にメモを取りながらも、しかし微笑ましそうに見ている少女がお願いすれば覆されるのだろうなとカロルは思う。
「ところでリタ、ユーリは知りません?」
「さっき犬っころと向こうに居たのは見たけど」
 向こう、と指さしたのは昨夜野営で焚き火を焚いた場所だった。荷物の多くもそちらに置いてあるのだから、荷物番も兼ねて居るのだろう。
「そろそろ出発の時間です、行きましょう」
「そうだね。天気も良いし、今日中にはダングレストに着けるんじゃないかな」
「今日こそベッドで寝るわよ」
 小川の傍から離れて青年とその相棒の待つ場所へと向かう最中、カロルはそう言えばと何気なく隣を歩く少女に問い掛けた。
「エステルって、いつも嬉しそうだよね」
「そうです?」
「そうかも。名前呼ぶと、大抵笑顔で振り向いてる」
 カロルの問いに続き、リタにも言われ、ああと少女は頷く。
「はい。『エステル』はわたしの宝物ですから」
「宝物?」
「今だからもう隠さずに言いますけど……。わたし、小さい頃からお城暮らしでした。遠縁ではありますけど、それでも皇族の一人には間違いありませんから、継承権もあって……、それで『姫』とか『殿下』って、そう呼ばれることがほとんどでした。名前で呼んでくれるのは、お母様くらいで……それも一人となってからは機会も無くて」
 ふ、と少し寂しそうに笑んだ少女に、カロルもリタもまずいことを聞いてしまったかと表情を曇らせる。それに気付いたのだろう、エステルはふふと声を零して笑った。
「ヨーデルは家族のようなものですし、フレンはお友達となった後には名前で呼んでくれるようになりましたけれど、それでも『様』が付きますから。だから、ユーリが『エステル』をくれた時、本当に本当に嬉しかったんです」
 形に無いものを抱き締めるように、両手で胸元を押さえながら語った彼女の柔らかな笑みは、少し遠く響いてきた声に更に深まる。
「――エステル」
 出発前に剣の手入れをしていたのだろう、伏せるラピードの隣に座って獲物に曇りが無いかを見ていた青年が片手を挙げながら少女の名を呼んでいた。
 それに手を振り返しながら、エステルは一歩進み出、少年と少女を肩越しに振り向く。
「勿論、呼んでくれる皆のことも負けないくらい『宝物』です。だから、これからも、わたしの『名前』を呼んでくださいね、カロル、リタ」
 笑って、それから青年の待つ場所へと駆け出した少女。
 取り残された二人は立ち上がった青年と、嬉しそうに会話する少女の様子を見て、図らずも同じことを思ったようだった。
「……ユーリがくれたから、なのかな」
「あいつだから、でもあるんじゃないの。癪だけど」
 足を止めたままの二人に気付いたのか、エステルが手を振りながら声を上げる。
「――カロル、リタ、どうしたんです?」
「仕度済んだなら行くぞ。じゃねえとエステルが今にも走り出しそうだし」
「ユーリは楽しみじゃないんです?」
「……まあ、そうは言わないけど」
 そのやり取りに小さく笑い、カロルは手を振り返した。
「今行くよ、ユーリ、エステル!」
「そうね。これ以上癪になるのも何だし」
 リタの言葉にカロルは苦笑し、少女の呟きが聞こえない距離に居る二人は不思議そうに顔を見合わせ、そんな様子を見て遅れた二人は笑いながら彼等の待つ場所へと歩を進めるのだった。


*ヘリオードを出た後、ダングレストに向かうまで。

7.事情

【ED後/下町の下宿にて/ユリエス/掌編】


「それで、これは一体、どういうことだ?」
 薄く笑みを刷いた口元が言葉を紡ぐが、その響きはいつもより更に低い音。そして視線は決して穏やかではないことを見てすぐに察していた為、エステルは視線を合わせられずに俯きがちのまま口を開いた。
「それは、その……ちゃんとした事情があって。とにかくこれを読んでください。フレンからです」
 勢い良く差し出された少女の両手には、見ただけで上質と分かる紙で出来た封筒。封蝋の紋は帝国の紋となっていて、それがフレンだけの意向で書かれたものではないことが分かった。
 金の封蝋にその紋が押された時、それは皇帝もしくは次期皇帝位継承者からの手紙であることを表すのだ。騎士団時代に詰め込まれた知識が頭の片隅から呼び起こされる。
 溜息を吐きながら手紙を受け取った青年は、封を開けて取り出した便箋に目を通す。
 そこには、責任感から頑張り過ぎてしまう少女が過労気味ということ、しかし自分達がやんわり窘めても大丈夫だと笑って聞いてくれないこと、このままでは遠からず倒れてしまうかもしれないということ、したがって強制的に休みを取らせること、その間は青年の元に預けるということ、ついでに証拠の固まった不穏分子の掃除をするので十日は引き留めて欲しいこと、以上のようなことが書き連ねられていた。
「……仕事が忙しいとは聞いてたけど、過労気味?」
「……次の皆との旅の前に、早く出来ることは、と思って」
「にしても限度ってモンがあるだろ。天然殿下なんか、正式に皇帝となったら勅命を使うことも辞さないとまで書いてるぜ」
「えっ? ヨーデルってばそんなことまで書いてるんです?」
「あの殿下とフレンの署名があるんだ、思ってるのは間違い無いんじゃない? 二人とも」
「う……」
 しおしおと萎びた野菜のようにしゅんとする少女の姿に、青年は先程吐いたものとはまた違う意味合いで溜息を漏らす。
「あの二人の『お願い』を反故にするのは後が怖そうだし、仕方ない」
「それじゃあユーリ、置いてくれるんです?」
「隣の部屋が空くまではな。……たく、何でこんな時に年に何度も来ない客が居るんだか」
 下宿先を提供している女将が聞いたら間違いなく怒られそうなボヤキではあったが、それも勘弁して欲しいと思う。聞こえなかったのか、何か言ったのかと小首を傾げた少女に、青年は肩を竦めた。
「静かな日々はしばらくお預けかと思って」
「わたしそんなに煩くしません」
「はいはい。取り合えずオレは腹減ったし、どうするのかはそれからな」
「分かりました」
 着替えるから、先に下の食堂に行ってくれと告げると、彼女は頷いて部屋を出て行く。続いてするりと閉まりかけたドアの隙間から相棒が出て行くのを見送ってから、一人残った青年は手紙をテーブルの上に投げるようにしながら呟く。
「こっちの事情も考えろっての」
 窓から入った風に揺れた便箋。二名の署名が記されたその下には、必要なら遠慮なく毛布なりの差し入れをする、と今の青年の状況を揶揄するような追伸が記されていた。

*ED後で、なんちゃって同居生活の序章編のような。続きません。(多分)

6.卒業

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ22歳・カロル13歳/番外編的/掌編】


 三月も下旬となった日曜日。例年なら桜が咲き始めてもおかしくない時期だが、今年は常に無く遅く、蕾もまだようやく膨らみ始めたといったところ。
 今日は園の子供達が通う小学校の卒業式だ。
 毎年必ず誰かしらこの式の主役となる子供達が居ることから、園長のウンディーネは常連と言っても良く、またこの街の慈善活動に深く関わっていることから学校関係者のみならず、父兄からも良く声を掛けられて忙しくしていた。
 今年の主役である少年――カロルは、最後のHRを終えて校舎を出て来て保護者である彼女のそんな姿を見つけ、いつ頃帰れるのだろうかと一つ息を吐く。
「今日の主役が溜息か?」
 くつりと笑いながら掛けられた声。良く知る、しかしこの場で聞けるとは思っていなかったその声に、カロルは驚きと共に視線を向けた。
「ユーリ!」
「よ。今日はおめでとさん」
 片手を挙げた青年を見つけ、少年は思わずまじまじとその姿を見つめる。そのいかにも珍しいものを見たと言うような視線に、彼は肩を竦める。
 いつも背中に流されている黒髪は一つに束ねられ、カジュアルな服装と正反対のきっちりとしたスーツを着ている。変わらないのは凛とした立ち姿や雰囲気だが、前述のものがそれすら変えているように見えた。
「そんなに珍しい?」
「うん。ユーリもそんな服持ってたんだね」
「そりゃな。前はこれが仕事着だったんだ。久々にクローゼットから出してきて、防虫剤臭いぜ」
 ここも思わず緩めたくなる、ときっちりとネクタイの締められた首元に指を掛けて溜息を吐く彼に、カロルは笑う。
「やっぱユーリはユーリだね」
「中身はそう変わるもんじゃねぇし」
 しかし必要とあらばその装いに相応しい態度くらい取れるのだろう。この年上の男の器用さを知っている少年が内心で思うと、そう言えばと小首を傾げて改めて青年に視線を向けた。
「どうしてユーリが? お店の開店準備で忙しいってついこの間ユーリから聞いたばっかりなのに」
「嘘じゃねぇぜ? オープンまで間もないし。まあディーネがあんな感じになるのは毎年のことだけど、今日は色々あるらしいから。頼まれたってのが一つ」
「他にもあるの?」
「後は、カロル先生の卒業式だからってのだな」
「ボク?」
「オレが道を見つけるきっかけをくれた恩人だ。出ないわけにはいかないだろ。そうじゃなくても、同じ園出身の兄代わりとしてな」
 に、と笑った青年に、カロルは照れたように頬を指先で掻く。
「カロル、卒業おめでとう」
「うん! 有難う、ユーリ!」

*現代パラレルであまりないユーリとカロルのお話。

5.サクラ

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ22歳・エステル19歳/掌編】


 例年よりも開花が遅れた為か、いつもなら入学式シーズンには葉桜となっていることが殆どな桜はちょうど良く満開となっていた。
 店のショーケースに並ぶスイーツの中にも、この季節限定ということで一画をサクラ色が占めている。オープンしたてということで数は少なかったが、既にこの店の味を知っている者は喜んで注文していくのだ。
「大学も満開ですよ。行くだけでお花見気分です」
 いつもの席で、店先に出ているジュディスの代わりにと、カフェカウンターに入っているオーナー手ずから淹れた紅茶を一口飲んだ後に笑顔と共に告げたエステル。
「ああ、正門から奥に続く桜並木はあそこの名物の一つだし」
「ユーリは先輩でした」
「とは言え、オレがあそこの桜を見たのはたった二年だけだし」
 肩を竦めた彼の言葉に、そうだったと彼女は頷いた。この青年はエステルの三つ上で、本来なら大学に在籍していてもおかしくは無い年齢なのだ。
「……エステル?」
 不意に言葉を失くしたように黙り込んだ様子に、訝しげな声が掛けられる。
「少しだけ、ユーリが大学生だったら一緒のキャンパスで過ごせたのかな、って、そんな風に思ってしまいました」
「……」
「そうじゃないから、今、こうして此処で向かい合って話している私達が居るっていうのは分かっているんです。でも、ほんの少しだけ」
「……まあ、もしそうだったとしても、あんたとは必ず知り合いそうな感じはするけどな」
「そう、です?」
「何てったって、自他共に認める『ほっとけない病』だし。多分、何かしらあって巻き込まれる気がする」
 に、と意地悪く笑って見せた青年に、エステルは僅かに頬を膨らませた。
「ユーリも人の事言えないです」
「あんたには敵わないって」
「そんなこと無いです」
「まあ置いといて。まあ、それも悪くは無いけど、オレは二年で済んで良かったって思いもあるぜ」
「……桜です?」
「そう。管理はされてるだろうが、たまにボトッと落ちてくるからな、毛虫が」
「っ……、そ、そんなこと言われたら桜の下を歩けないです」
「それに銀杏並木も綺麗さの裏には、銀杏の実の潰れた臭さがあったりするし?」
「ユーリ、意地悪ですっ」
 ぷい、と機嫌を損ねて顔を背けてしまった少女の前に、話している間にも止まらなかった青年の手が用意していたものが出された。ショーケースに並べられている桜のスイーツの一つが、オーナーパティシエの手で更にアレンジされた品だ。
 楽しみにしていたそれだけにいつまでも意地をはっていることも出来ず、思わず伸ばしたシルバーのフォークがほんのり桜色になったスポンジと生クリームをすくう。一口それを含んだ途端、優しく広がる桜独特の香りと甘みに、意識して引き締めていた顔が緩む。
「……ずるいです」
「そりゃ、何よりの褒め言葉だ」
 笑顔を見たい。
 そうして今此処でこの店のオーナーとして腕を奮う青年は、まだ若干の悔しさを滲ませた上目遣いの彼女に手を伸ばし、頬を一撫で。サッと桜色に染まった顔に、満足そうに一つ笑った。

*現代パラレルで二人が出会って二年目の春ということで。

4.好き

【ED後/原作ベース/レイリタ/掌編】

 一応、嫌われているわけではないと思う。寧ろ好かれているだろう。調子が良いが、その辺については意外なほどきちんとしているというか、線引きがあるというか。旅をしている頃に見ているから間違いではないはず。
 都合が合わず、半年程顔を合わせる機会が無かった男の背中を見つめながらリタは思っていた。
 恐らく半年も間が開いたのは、実は無駄に要領の良いこの男が、いざという時に堂々と言える『言い訳』を作りながら避けまくっていたからだ。
 十中八九その原因は、前回会った別れ際の少女の一言だろう。
『あたし、あんたのことが好きだわ』
 船が出発する直前、しかも直後に汽笛が高らかに響いたものの、男の表情が一目見て「驚愕」と言えるそれに変わっていたことから、リタの言葉は届いていたも同然で。
 だからこそ半年もの間「逃げて」いたのだろう。リタ自身、研究が忙しかったこともあり、あえて沈黙を保っていた。しかし皇帝とユニオンからの共同の開発研究の依頼を伝える為とは言え、自ら足を運んだのは何かの決着なり折り合いなりをつけて来たはずなのだが――、男はリタと顔を合わせると一瞬固まり、明らかにぎこちない態度で挨拶し、以降挙動不審も顕だった。
 取り合えず部屋に招き入れて茶の用意をすると言って外していたが、どうしたものか。
 はあ、と一つ溜息を吐くとぴくりと揺れる肩。
「砂糖は入れてない。ミルクかレモンなら自分で入れて」
 言いながらテーブルに歩み寄り、男の前にティーカップを置く。テーブルの中央にミルクの入った小さなピッチャーとレモンスライスを置いたプレートを置く。最後に向かい側の端に自らの分のティーカップを置いてから席に着くリタ。椅子を引いて俯きがちだった顔を上げれば、正面に座った男の視線がサッと逸らされる。
「…………おっさん、いくら何でも態度悪すぎ」
「あ、えーと。そういう、つもりじゃなかったんだけどね」
「じゃ何で目逸らしたワケ? ――ああ、きっぱり拒絶しようと思って気まずくて?」
「そうじゃなくって。あ〜……、ちょっと心臓に負担がありすぎて」
「心臓っ!? 何よ! 調子悪いならさっさと言いなさい!」
 ガタンっ、音を立てて立ち上がった少女の剣幕に、男はぎょっとしたように背を逸らせた。背もたれに阻まれて椅子がガタリと揺れ、慌てて体勢を立て直した所で少女が男のすぐ横に立った。
「え、リタっち、そうじゃなくって……!」
「診せなさい!」
「だから――」
 男の抵抗もお構い無しに胸元のボタンを外して広げ、露出した胸の心臓魔導器に手を当てるリタ。
「――異常は特に、無し……。それにしては拍動が早いわね……」
 安心したように吐息を漏らしながら言った少女に、男は心底疲れたとでも言うように溜息を吐いた。
「そりゃ、仕方ないでしょ」
「仕方ない? 何がよ。こういうのは早めに対処しないと――」
「リタっちが触れてるし」
「…………は?」
 どくどくと早鐘では無く、けれど平素よりも早い鼓動。触れている手を外せないまま、顔を上げたリタに、男はまた視線を少し逸らした。
「また。だから何よ、何なの!」
「半年って長いんだー、って思い知ってるとこなのよね。――予想以上に、綺麗になってて」
「…………」
 頬を赤く染め、ぱくぱくと言葉も無い様子の少女に気付き、男は口元を持ち上げて自らの左胸に当てている彼女の手に右手を押し当てる。
「おっさんはさ、生き返ってからまだ一年くらいだし。正直まだ、どうして良いか分からなくなったりするわけよ」
「…………うん」
「だから、今はこれで勘弁して?」
「……ん」
 いつか、ちゃんと言葉で伝えるから。
 この作り物の心臓が、こうして平素より早く拍動するその理由を、いつか。
 頷いて、俯いたままの少女に囁くように降って来た声。リタは途切れることなく命を繋ぐそれの上に置いた右手を僅かに強く押し当て、気付いた男は更にその上に置かれた右手で包むように握り込んだ。

*EDから1年半くらい経った頃ということで。告白は多分リタからかなーということで、脳内イメージで。でもってこれの未来がクリスマス企画でのレイリタで、更にその未来がキスのお題の「手の平の上なら懇願の」となるわけなのです。

3.再会

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/番外編的/ソディア視点/掌編】



 そもそもの始まりは、いつからか上司が持って来るようになった菓子だった。
 おおよそ月に一度持ち込まれるそれは、女性は勿論のこと、甘味好きな男性にも好評で。回を重ねるごとに評判は評判を呼び、いつしか軽い争奪戦にまで発展している。
 その月に一度の機会に、唐突に「上」からの呼び立てがあった上司に頼まれ、都下の閑静な住宅街に近い場所にあるその店を訪れた彼女はそこで意外な人物と再会することになる。
「いらっしゃいませ」
 扉を開けるとドアベルが響いた。それを合図に奥から出てきた女性が笑顔と共に来店の挨拶を口にした。
「店内でお召し上がりになりますか?」
「あ、いや。私は頼まれて……」
「頼まれて?」
 小首を傾げた女性は、僅かに思案した後にああと何かに思い当たったように頷く。
「もしかして、フレンの月一度の?」
「そう、です。警視の代わりに参りました」
「彼から連絡があって聞いているわ。ソディアさん、ね。少しお待ち頂けるかしら?」
 微笑しながら言って、恐らく厨房があるのだろうそこへ戻った彼女。そして一拍置いて後、出てきた姿に彼女――ソディアは目を見張った。
「フレンの代理ってのはあんたか?」
「……っ、ローウェル警視!?」
 現れた黒髪の店主は、確かに二年前、ソディアの上司と双璧と噂された最年少の警視となったその人だった。昇進直後に一身上の都合で依願退職したということは風の噂で聞いていたが、まさか。
「オレを知ってんの?」
「は……。新しい制度で早期に入りましたので、警視のご在職に一ヶ月ほど重なっております。フレン警視から伺っておりました」
「まああいつの部下なら知っててもおかしくないだろうけど。オレはとうに辞めた人間だし、階級呼びは勘弁してくれ」
「いえ、ですが」
「にしても、肝心の今のオレのことは言ってなかったんだな。相変わらず、どっか抜けてるぜ」
 戸惑うソディアをよそに、仕方ないという口調で肩を竦めた店主に、店員の女性が微笑のまま言う。
「あら、類は友を呼ぶ、と言うじゃない」
「……それはオレが抜けてると言いたいわけか、ジュディ?」
「エステルもリタもカロルもおじさまも、そうなると私も、かしら」
 うふふ、と楽しそうに笑う姿に苦笑しつつ、店主は手にしていた箱を彼女に渡した。
「これ、包んでやって」
「了解、オーナー」
「悪いが仕事中なんでね、オレはこれで戻らせてもらう。フレンに働きすぎんなって伝えといて」
 返事を返すのが躊躇われるような伝言を頼まれ口篭ったソディアだったが、店主は本当に作業中に出てきたのだろう、口元を持ち上げて笑うだけですぐに厨房へと戻る。
「お待たせしました」
「あ、手間を掛けてしまって申し訳ない」
「いいえ。フレンから伝えられる皆さんの感想にはオーナーも助かっているから、これくらいどうってこと無いわ。保冷剤は入れておいたけれど、出来れば早めに冷蔵庫に入れて頂戴ね」
 紙袋に入れられたそれを受け取ったソディアは、見送る店員に会釈をして店を後にした。
 そして職場に戻った彼女が頼まれた品を渡しながら伝言を伝えるべきかどうか迷っていると、上司からずばり言い当てられ、相変わらずだなと笑った姿に「類は」から始まる格言を思わず脳裏に浮かべてしまった彼女が居たことは余談である。



*「再会」というのは彼女の中でかつて見た人ということの意味で。本編で書く気は無かったのですが、実験場なので挑戦してみました。

2.秘密

【ED後/「1.ほおづえついて」のその後/エステル視点/掌編】


「ユー……」
 視線を向けながら呼びかけようとしていた彼女は、視界に入ったその光景に、あ、と慌てて口を閉ざした。
 そして少しの間を置いて、それまで開いていた本をこれ以上ないくらい慎重に静かに閉ざし、掛けていた眼鏡を外して表紙の上に。物音を立てぬように腰を上げれば、彼女の足元に伏せていた部屋の主の相棒が気付いたのか、ぴんと耳を立てて顔を上げる。
「しーっ、ですよ、ラピード」
 小声で囁きながら口元に人差し指を置いた少女に、察しの良い彼はまるで分かっているとでも言うように静かに鼻息を漏らし、再び顔を下ろして休む体勢に戻った。
 小さく笑ってから慎重に窓辺に座る青年の元へ歩み寄った彼女は、窓枠に頭を預けて静かに寝息を立てる姿に珍しい、と呟く。
「仕方が無いかもしれないです、ね」
 聞けば今日の夜中に帰ってきたのだとい言う。午前中に荷物の整理や剣の手入れはしていたということだが、今日は食事以外では部屋を出ていない青年。それでもやはり、疲れているのだ。
 もうすぐ帰る、という知らせがエステルの響きの鐘に伝えられたのは二日前のことだ。待っていると返事を返した翌日、もしかしたらという思いでこの部屋の前に来たが空振りで、また翌日の午後に来るとメモを残して明日こそと期待しながら城へと戻った。
 予定されていた公務を急いで片付けて下町へ来て、窓辺に腰掛けて外を眺めている姿に歓喜したのは数時間前。一面の青に白い雲だけだった空も、地平線近くが徐々に色を変えてきている。
 いくら良い気候とは言え、夕方になればもっと冷えてくるだろう。疲れている所に体を冷やせば、いくらこの青年とて体調を崩しかねない。起こさなければ、と思いつつも、気持ち良さそうに眠る姿に声を掛けるのが躊躇われた。
「……お疲れ様、です」
 ふと、悪戯心からふわりと青年の頬に唇を寄せた彼女は、それでも目覚めない様子に苦笑する。
「ワフ」
 休みながらも様子は窺っていたのだろう、薄目を空けている青い毛並みの彼を振り向き、分かっているとばかりに頷いた。
「今のことは秘密、です」
「……ワフ、バウ」
「ふふ。それじゃあ、起こしますね」
 そうして楽しそうに笑みながら手を伸ばした彼女は、眠る青年のすっと通った鼻梁の先を軽く摘みあげた。


*1の続きでありED後スタッフロールの例のあれな場面だったり。

1.ほおづえついて

【ED後/微妙に「waltz.」設定/ユーリ視点/掌編】


 窓際に腰掛けて立てた膝の上に肘をつき、頬杖をしたまま窓の外へと視線を向けた青年は、丁度良く雲の切れ間から差し込んだ太陽の光に目を眇めた。
 穏やかな帝都の午後。時折眼下の路地を走っていく子供達が青年に気付いて足を止めては手を振って声を掛けて行くのに律儀に声を返しつつ、久し振りの何も無い一日を謳歌する。
 込み上げてきた欠伸を噛み殺すこともせずにすると、ふと思った。こんな所を見たら育ちの良い彼の少女は行儀が悪いと言うだろうか、と。
 とは言え、荷物の整理も剣の手入れも午前のうちに済ませてしまったし、相棒はと言えば昼食を取った後にふらりと出て行ったまま戻ってこない。これから出掛けようにも、青年には出掛けられない理由があった。
「午後には仕事が終わりますから、って。何時になるんだか」
 もうすぐ帰る予定だ、とかつての旅の終わりに魔導少女が作った「響きの鐘」で連絡したのは二日前のこと。鐘に刻まれた古代の魔導文字は相手を思い浮かべながら音を鳴らせば、少量のエアルを取り入れてその人物が持つ同じ文字が刻まれた鐘に響きを伝える。特定の慣らし方に意味を決め、旅を終えた後も連絡手段として使われているユーリのそれに「待っています」という返事の音色が返ってきたのは連絡してすぐ後だ。
 そして昨日――時間的には今日となるのだろうか、夜中にひっそりと帰って来た青年は、帝都下町の下宿先の部屋のドアに挟み込まれたメモを見つけた。
 何時に来るか分からないとあっては、すれ違いも考えてここから動けない。
「…………オレも大概、か」
 眇めていた視界に久し振りに見る色が小さく映る。徐々に大きくなってきた姿。窓辺に腰掛ける青年が見えたのかその顔に満面の笑みを浮かべて手を振る様子に、青年は頬杖をついたまま呟き、口元を持ち上げて軽く手を振り返した。

*微妙に「2.秘密」に続く

365Themes~創造者への365題~

●Theme-365day
「365Themes~創造者への365題~」をお借りして、毎日一題を目標に更新していくものです。

・目標は毎日一題。
・やっぱりユリエスをメインに。
・けれど他も色々挑戦してみたい。
 EX)レイリタ、フレジュ、カロナン、ALLキャラ、RM2設定、等。
・基本掌編。短編もたまに。微妙に連作っぽくなるのも。
・実験場でもあるので、設定色々。冒頭注意文をご覧あれ。
・拍手とかコメントとかでこんなの、と言ってくださると書いてみたりするかも。
・day-waltz.での更新はサイトの更新履歴には反映しません。
・5題ごとにログはHTML化予定。


【お題拝借元】
「365Themes~創造者への365題~」
www3.to/365arts/

ページ移動