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38.デジャヴ

【本編第二部/IFの世界「endless world」設定/掌編】


※この掌編はIFの世界の「endless world」設定が前提となっています。関連三話と違い、キャラクターの死などには触れておりませんが、「endless world」を読まれていないと意味が分からない部分もあります。ご了承の上、ご覧ください。

 時折、白昼夢のようなものに襲われることがあった。
 ふとした会話の合間や、街に到着した時や――だが、一番多いのは、それに一人の少女が関係している時だ。
 今も、また。
 ユーリは受け取ったそれに視線を落としながら思っていた。まるで、一度同じことがあったかのような、既視感《デジャヴ》。
「ユーリ?」
「――あ、ああ」
 急に黙り込んだユーリに不思議そうな表情で名を呼んだエステル。青年はハッとしたように返事をすると、もう一度何かを確かめるように『それ』を見つめた。
 決して華美では無い、しかし一目で価値のある物と分かる花を模した髪飾り。新しさは感じないが、大切にされていたのだろう、そんな想いさえ伝わってきそうな。
「これ、大事なものだろ」
「……母の、形見です。幼い頃は良く、お守り代わりに身に着けていました」
 でも、頼ってはいけないんです。
 まだ少し揺れている、そんな小さな声で呟くように言った少女。
 手放させてはならない。何故か強烈にその思いにとらわれ、ユーリは己の手の平の上の髪飾りから視線を上げ、自分を見つめるエステルに視線を合わせる。
「預かっとく」
「……ユーリ?」
「あんたは結構突っ走りやすいし、だから、あんたがどうしようもならなくなったその時に返す」
 この言葉とこの髪飾り、それが揃えば『あの悪夢』もきっと……。
 一瞬、彼の脳裏に浮かんだ言葉と映像はすぐに掻き消え、違和感を残した。白昼夢を見た後のような、そんな感覚を。
「いい?」
「分かりました。ユーリに、預けます」
 僅かの逡巡の後、しかし先ほどの呟きに混じった揺れは今は微塵も無くしっかりと頷いた少女に、ユーリは手の中の髪飾りを至宝の如くやんわりと握り締めた。

*こうした小さな積み重ねが「おわらないせかい」を壊すきっかけの一つとなっている、という掌編。

37.メトロポリス

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ22歳・エステル19歳/掌編】

 じぃっ、と窓の外を眺めている後姿に、ユーリは冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出しながら問い掛けた。
「何か面白いもんでも見える?」
 独特の音と共にキャップを開け、ボトルの中身を呷る。乾いた喉を潤すと共に、冷えた液体が火照った体を内側から冷やしていく感覚。唇の端から伝い落ちた雫を右手の甲で拭ったその時、返事が返る。
「はい。街の夜景が見えます」
 相変わらず外を眺めたままの彼女の答えに、青年は静かに歩み寄ってその肩越しに窓の外へと目を向けた。
 眼下に広がるネオンライトに彩られた大都会の夜景。首都を縦横に道路や高速道路には、列なる車のテールランプが作り出した光の川。闇夜に立ち並ぶモノリスに点在する光が、本物の空に浮かぶ星のように見えなくもない。
「結構遅い時間なのに、これだけ光に溢れてるのはさすがに首都ってとこか」
「宇宙からでも、光でくっきり浮かび上がって見えるそうですよ」
「お陰で空のホンモノはろくに見えやしねぇけど」
「そうですね。でも、これはこれで綺麗です」
 窓に手を添えて飽きない様子で見つめ続ける彼女に、その後ろに立った青年は嘆息して窓から引き剥がすように背後から引き寄せて腕の中に閉じ込める。
「ユーリ?」
「天然? それともワザと?」
 端的な問い掛けに小首を傾げた彼女は、しかし僅かに思案した後に問い掛けの主題に気付いて頬を淡く染めた。背後から抱き締める青年には見えないだろうが、確実に上がった体温でもしかしたら気付かれるかもしれない。
「……どっちだと思います?」
「始めは前者で、今は後者ってトコか」
 意図して耳元に寄せられた青年の口から声が漏れると、細い肩が小さく揺れた。
 それは声か、それとも掛かった吐息のせいか。
 くつりと笑った気配に振り仰ぐように顔を上げた少女は、自分だけの闇が降りて来たことに気付き、静かに瞼を伏せた。
 大都会《メトロポリス》の片隅で、恋人達の夜は過ぎていく。

*場所はシティホテルとかでしょうか。ちょっと大人な雰囲気な現代パラレルの二人。

36.電話

【現代パラレル「毎日がSpecialday」設定/ユーリ23歳・エステル20歳/掌編】


「もしもし?」
『起こした?』
「いいえ、起きてました」
『夜更かしは美容の大敵、なんじゃないの』
「分かってます。小母様にも、ジュディスにも、リタにも、しっかり釘を刺されました」
『落ち着かないからって本読み出して、気付いたら朝なんてことにならないように、って?』
「う……なんで分かるんです」
『そりゃ、あんたのことだし』
「…………ユーリは最後まで意地悪です」
『最後? ああ、まあそういう意味では最後か。――どう、今日はゆっくり出来た?』
「はい。皆でゆっくり過ごしました。小父様ったら今から緊張して」
『エステルは?』
「わたしです? そうですね……ドキドキしてます」
『そう? その割に、落ち着いた声してる』
「緊張も確かにしていますけど、わたしの場合は、ああ、ようやくなんだな……っていうドキドキですから」
『遠足前とかイベント前の、ってヤツか』
「そうですね、それに近いと思います。――ユーリは?」
『オレは、――そうだな、緊張してる』
「ユーリが、です?」
『何だ、意外そうな声だな』
「はい。正直ビックリしてます。ユーリなら、余裕、って言いそうなのに」
『オレだって結構繊細なところがあるの』
「そうなんです?」
『……あんただって大概意地悪だよ』
「そんなことないです」
『いーや。オレが保証する』
「やっぱりユーリの方が意地悪、です」
『拗ねるなって。……っと、さすがにもう遅いか』
「もう一時、です」
『確かあんたの方はオレより早くに出るんだろ?』
「はい。男性よりも仕度に時間が掛かりますから」
『そういや、ディーネとジュディが張り切ってたな。……本番前に疲れ果てないことを祈る』
「え、ええと……多分、大丈夫です」
『楽しみにしてるから、頑張ってくれ』
「わたしも楽しみにしています、ユーリの正装。ふふ、カロルとレイヴンに写真とビデオ撮ってもらえるよう頼んでるので、緊張していても後でしっかり見返せます!」
『……明日ばかりは遠慮も逃げも出来ねぇし、仕方ない』
「そうです。覚悟を決めてください」
『はいよ。……んじゃ、おやすみ、エステル』
「おやすみなさい、ユーリ。明日、教会で」

*現代パラレルのちょっと未来編。敢えて会話だけで。

35.欠片

【ED後/「waltz.」設定・未来/ユリエス&カロル/掌編】


「おはよう、エステル」
「おはようございます、カロル。良く眠れました?」
 テーブルに皿を置きながら声を返したエステルに、カロルは働きながら答えた。
「うん。お陰様で」
「おはよう、カロル。顔は洗ってきたか?」
「もう、子供じゃないんだよ、仕度してから来たよ。おはようユーリ」
 むすりとしながら返事をすると、青年は持っていた藤籠をテーブルに置いてからくしゃりと少年の髪を掻き混ぜた。
「わっ、もう!」
「ならすぐ朝メシだ」
 キッチンから出て来たユーリはほれ、と席を示した。それに従って椅子に掛けると、テーブルの上に置かれた籠の中の焼き立てのパンから香ばしい匂いが漂ってきて、少年は思わず唾を飲み込む。
「これ、ユーリのお手製?」
「ああ、まあな。折角パンが焼けるかまどがあるのに使わない手は無いだろ」
 言いながらユーリと、続いてエステルもカロルの正面に並んで腰を下ろした。
「んじゃ、いただきます」
「いただきます」
「いただきまーす!」
 それぞれに籠へ手を伸ばしてパンを取ると、カロルはそれを二つに割った。ふわりと立ち上るより一層濃い香りに堪らずかぶり付くと、想像以上の味が口いっぱいに広がる。
「これ、ハーブ……が入ってる?」
「いや。ルルリエの花びらを乾燥させて細かくして生地に練りこんだやつ」
「へぇ、花びらかぁ」
「びっくりですよね。その他にも、ジャムですとか、意外な所でお花の塩漬けとか、ユーリが次々作るのでその度に驚いちゃうんです」
 微笑しながら感心するカロルに言ったエステルも、一口大にちぎったパンを口に入れるとその味に口元を綻ばせた。
「だって勿体無いだろ、満開になる度に地面が見えなくなるくらい降り積もるんだし」
「確かにそうだけど。……なんか名産品になりそうだよね」
「そりゃ良いな。村長に売り込みに行くか」
 くつりと笑い、パンを皿に置いたユーリはふとエステルを見て何かに気付いたかのように呼びかける。
「エステル」
「はい? っ、ひゃ!?」
「な、ユ、ユーリっ!?」
 ペロリ、と顔を寄せてエステルの唇の端を舐めた青年に、された本人も、目撃した少年も驚いて声を上げた。
「なに?」
「な、何って、な、何するんです、カロルも居るのに……!」
「パンの欠片が付いてたからな」
 しれっと答えて再び皿の上のパンを取り上げ、ちぎったそれを口の中に入れた青年に、エステルは頬を赤く染めたまま抗議を続ける。
「そ、それなら、教えてくれたら自分で取りました」
「それはオレが面白くないから却下」
「面白いとかそういう問題じゃないです!」
「夫から妻へのスキンシップのつもりだったんだけど」
「そ、そういうことは、人の居ない所でしてくださいっ」
「へえ……それじゃあ今夜遠慮な……」
「ユーリ!」
 慌てて両手で青年の口を塞ぐ真っ赤な顔のエステルと、されるがままになりながら目元を面白そうに眇めたユーリと、そんな二人を目の前にした少年は朝から疲れ果てたような吐息を漏らしながらこう呟いた。
「……そういうことはお願いだからボクの居ない時に話し合ってよ」
 自分の他に誰も突っ込める人間が居ないこの状況に、今度から一人でお邪魔するのは極力遠慮しようと密かに決意するカロルだった。


*「waltz.」シリーズの結婚後で新婚さんのお宅にお邪魔するカロル少年の図。

34.NO TITLE

【本編中/第三部終盤/微ユリエス/掌編】


 戦力強化の為にバウルの運ぶフィエルティア号に乗って世界を飛び回る一行。しかし時にはバウルでさえ進むのが困難な気候に見舞われることがある。
 昨日、ヘリオードの宿でゆっくりと休んだ一行は朝からの激しい雷雨と、エアルの流れからある程度の天候も予想出来るリタの「一日続くんじゃない」という見立てから、出発を見合わせることとなった。
 ひとまず朝食を取り、それからは丁度良い機会だからと各々の荷物を整理し、フィエルティアの倉庫にある物資と照らし合わせ、必要の無い武器防具の処分や素材の合成を行うことにした。クジでそれらを行うことになった四人は、昼食後から荷物を手に一階のロビーにある幸福の市場の店に行っている。
 役目を免れたユーリは部屋で装備の手入れに専念し、それからしばらく後、その全てを終えた彼は首を回しながら部屋を出た。
「エステルだけ?」
「あ、ユーリ」
 中央に居間のようなスペースがあり、その両端に一つずつ寝室となる部屋がある続き部屋。ある程度旅の資金に余裕が出来ると、ヘリオードに滞在する際にはこの部屋を押さえているからか、フロントの人間も空いていればいつもの部屋で良いかと尋ねてくる。
 その部屋の備え付けのテーブルで何かを書いていたエステルは、紙面から顔を上げて掛けていた眼鏡を取ると、微笑しながら彼の問いに答えた。
「皆が出て行ってから戻ってきていませんから」
「ジュディが此処の合成屋を気に入ってたし、何かやってんのかね」
 言いつつテーブルに歩み寄った青年は、少女が手帳を閉じたことに気付いて片眉を上げる。
「邪魔した?」
「いいえ。丁度切りの良い所でしたから」
「日記かなんかか、それ」
「そのようなものでもあります。旅が終わった後、いずれ物語を書くために、旅の始まりから思い出しながら書き留めているものですから」
 ハルルで童話作家になることを決意したその後に手に入れた手帳とペン。就寝前のひと時や、こうした休養日に少しずつ書いていたのだとエステルは語った。
「そんじゃ、まだ題名が付いてない話なわけか」
「はい。一ページ目はだから、白紙のままなんです」
 ほら、と手帳の表紙を開いて見せた彼女の言う通り、確かに一ページ目は白紙のままとなっている。
「いつか物語として完成して、題名が付いたら、知らせろよ」
「はい、勿論です。だってこれは、わたし達の旅のお話なんですから」
 にこりと笑みを浮かべて頷いた少女に、青年は口角を上げ、彼女の手元にある手帳へと視線を落とした。
 今はまだ、旅の断片が書き留められ、題名の無い物語が記されていくその手帳の白紙のページに題名が記される時を思い浮かべながら。


*そして後に「Tales of Vesperia」と決まるのです、はい。

33.私の名前

【ED後/原作ベース/ジュディス寄り/掌編】


 バウルと共に世界を漂うクリティアの街から飛び出してからというもの、彼女の名前を呼ぶのは一部の存在だけだった。
 ヒトやクリティアとはほんの少しの関わりだけで、名前で呼ばれるなど珍しいくらいで。
 それが変わったのはつい一年前。
「あ、おはようジュディス!」
「おはようカロル」
「良い天気だね。これなら砂嵐に遭わずにマンタイクへ行けそう」
 頭上に広がる青い空を見上げて言った少年に、ジュディスはそうねと頷いて同じように空を見上げた。ふ、と入ってくる声ならぬ声に気付き、瞼を伏せた彼女は、小さく笑った。
「ジュディス?」
「ふふ、バウルも同じことを言っているわ」
「そっか。今日も頼むね、って伝えてもらって良い?」
「ええ、勿論」
 ナギーグで首領の言葉を伝えると、再び声ならぬ声で返ってくる力強い言葉。
「ジュディスちゃーん、おっはよ~!」
「ばか。どう見てもジュディスはバウルと交信中でしょうが、邪魔すんじゃないわよ、おっさん」
「おはよう、レイヴン、リタ。……朝から元気だね」
 ばこっ、と言う音と共に魔導書ではたかれた男は痛みに頭を抱えてしゃがみ込んでいて、傍では自業自得と言うように腰に手を当てて見下ろしている少女が居る。カロルが若干言葉に迷いながら声を掛けると、聞こえてはいたのだろう、その光景の原因となった女性が瞳を開いて微笑み掛けた。
「おはよう、リタ、おじさま。朝から仲が良いわね、少し妬けちゃうわ」
「ばっ、な、何言ってんのよ……!」
「えぇっ!? ジュディスちゃん、妬いてくれたの!?」
「ジュディス……」
 火に油を注ぐような言葉に、少年は疲れた顔でジュディスの名を紡ぐが彼女は微笑みを崩さぬまま、新たに勃発した少女と男のやり取りを見ている。
「朝から騒がしいけど、何かあったの?」
「少し前まで特に何も無かったと思うんですけど……」
 響いた声にカロルが天の助けとでも言うようにほっとした顔となり、彼らに声を掛けた。
「ジュディスの何気ない一言がね……」
「あら、心外だわ首領。私は正直に答えただけなのに」
「まあ、状況は想像出来た。おはようさん、ジュディ」
「喧嘩するほど仲が良いと言いますから。おはようございます、ジュディス」
「ええ。おはよう、ユーリ、エステル」
 すると少女の言葉が聞こえたのか、リタが抗議するように顔を向ける。
「断じて違うから!」
「そうです?」
「そうなの!」
「ほれ、じゃれあってないで出発するぞ。リステル」
 カロルを促して歩き出した青年が、揶揄するように肩越しに振り向き少女達に呼びかければ、エステルもリタも不満そうな表情になる。
「エステル、ですよユーリ」
「あんたいつまでそのネタ引っ張るのよ」
「レイヴン、船に氷嚢があるからそれで冷やしなよ、そのたんこぶ」
「そうするわ~。うう、リタっちったら容赦無いんだから」
 その様子を見ていたジュディスは、届いた声無き声の伝えた言葉に瞼を伏せ、それから口元を淡く綻ばせた。同意するように返せば、遠くから実際に聞こえてくる「彼」の鳴き声。
「ジュディスちゃーん、早く行きましょ、俺様リタっちが作成したたんこぶが痛いのよね」
「あれはあんたの自業自得だっての! まあいいわ、行くわよジュディス」
「バウルも到着したみたいだし、行こうよジュディス」
「ジュディス、ところで今、バウルと交信してました?」
「出発に関することなら遠慮なく言えよ、ジュディ」
 彼等の言葉と呼びかけに、彼女は歩き出しながら答えた。
「大丈夫、問題ないわ。行きましょう、皆」
 声を掛け、名前を呼ばれ、そんな風に過ごす当たり前の日々。ジュディスは今なら、エステルが言っていた名前が「宝物」という言葉が良く分かる。
「ジュディス、行こう!」
「ええ」
 光の中で「私の名前」を呼んでくれる仲間達が、何よりの宝なのだと。心の中で思いながら、彼女は仲間達の待つ元へと歩みを進めた。


*ジュディス視点でパーティメンバーとの関係、みたいな?

32.楽しかったよ!!!

【ED2年後/原作ベース/下町の少年とユーリ/掌編】

「母ちゃん、オレ、帝都の外に出てみたいんだ!」
「何言ってんだい! そんな冗談言ってる暇があるんなら外で洗濯物干しておいで!」
 大量の洗濯物が入った籠を押し付けられ、追い出されるように勝手口から外へ出された少年は、唇を噛んで俯いた。
 冗談ではない。ずっとずっと考えていたのだ。いつかザーフィアスを出て、世界を見るのだと。かつて少年の家である宿の二階に暮らしていて、今はハルルに住む世界を飛び回る青年とその仲間達のように。
 それでも染み付いた癖は少年の体を動かし、籠を手に物干し台のある方へと向かわせる。
 一枚一枚、シワを伸ばすようにはたきながら、少し背伸びをして物干しに掛けていく。そんな作業を繰り返し、ようやく山盛りのそれが籠の半分まで減ったその時、干されたシーツに人影が映り込んだ。
「手伝いか、テッド」
「っ、ユーリ!!」
 良く知ったその声に、慌ててシーツの向こう側に回り込めば、思った通りの人物が笑みながら立っていた。この前会ったのはもう半年前になる。少年――テッドを見つけたユーリは心なしか感心したように手を伸ばして頭をぽんと叩く。
「へぇ、また少し伸びたな」
「へへ。そりゃ育ち盛りだもん。それにしても久し振りだね、何か用事があって帰ってきたの?」
「ああ。帝都からハルルに移り住んだ夫婦から、娘夫婦に届け物をってな。ギルドの仕事で発つ予定だったし、丁度良いから引き受けて来たってわけ」
 他の奴らはついでに市民街で物資の補給中だ、そう言った青年は、落ちそうになっていた洗濯物をしっかりと掛けなおした。
「あ、有難う」
「手伝う?」
「ううん、良いよ。オレが任された仕事だし。ところでユーリはまだ居るの?」
「ああ。待ち合わせは下町の出口だからな」
 そっか、とテッドは頷いてからまた一つ洗濯物をはたく。
「あのさ、ユーリ」
「うん?」
「世界を見てみたい、って言ったら……冗談だと思う?」
 少年の言葉に、ユーリは干されたシーツを回り込んでテッドを見下ろした。しばらくじっと見つめ、そして口元を持ち上げて笑う。
「いや」
「勿論、今すぐに飛び出せる力があるなんて思ってないよ。でも、これからどうするか決める前に見てみたかった」
 下町の子供は将来を決めるのが早い。親が商売をしていれば殆どの子供がそれを継ぐために、幼い頃から手伝いという形で仕事を学んでいく。
「なら、見てみる?」
「…………え?」
「ハルルの依頼人に報告する為に一度戻る。で、それから改めてオルニオンへ向かうんだが、どうせ帝都の傍を通るし、見せられるのは帝都とハルルの往復だけだけど」
「本当!?」
「勿論、女将さんの了承を貰うことが前提な」
「うん!」
 テッドは勢い良く頷いて、それでも仕事を放り出すことはせずに手際よく残りの洗濯物を干し終えてから宿に駆け込んで行った。
 そしてユーリの口ぞえもあって、バウルに運ばれるフィエルティア号からだけではあったが、初めて帝都以外の「世界」を目にすることが出来た少年。彼はハルルから帝都に戻ってきた時、とぴっきりの笑顔でこう言って、凛々の明星一行を見送ったのだった。
「楽しかったよ!!!」

*書き出したら際限なく長くなりそうな予感がし出したので、後半ぶった切りな掌編。

31.シングルライフ

【ED後/原作ベース/レイリタ/短編】

 いつの間にか一人で生きていた。何の因果が働いたのか、十年経って「生まれ変わって」、それからさらに数年が経とうとしている今、男の環境がまた更に変わろうとしている。
「人生って、思った以上に波乱万丈よね、青年」
「何だよおっさん、藪から棒に」
「だってねぇ。思い返してみればそうとしか言い様が無いんだもの」
 ふぅ、と息を吐きながら手にしていたグラスを揺らせば、透明な玻璃の内側に満たされた琥珀の液体の中で氷がカラリと音を立てた。
「……ああ、何、マリッジブルー?」
「いやいやいや、そうじゃないって」
「否定してるけど、オレからしたらそんな風にしか見えないっての」
 どこか呆れたように言い肩を竦めた彼は、向かい側に座る男を見る。髪形はいつものままだが、さすがに今日、女性二人に厳命されたからなのだろう、無精ひげは綺麗に剃られている。だからなのだろうか、実際の年齢よりも軽く五歳は若く見え、密かに感心してしまった。
 これなら男がそれなりに気にしている年齢差も、見た目的には問題ないだろう。
「俺様のシングルライフも今日で最後なのね」
「何言ってんだか。決めたのはおっさんだろ?」
 青年がグラスを傾けてから、軽い調子で呟かれた男の言葉に返すと、男はう、と口を閉ざした。
「……そりゃ何て言うか、ねぇ」
「まあ聞いた時はやっとかと思ったと同時に、何が決め手になったのかとも思ったけど。八年も経ってから、だし」
 目の前の男と、その相手となる少女――否、今は何処から見ても文句なしの大人の女性の両名を良く知り、そしてその関係が結ばれる前からの一端とその後の様子も知っていた青年としては不思議に思うばかりだった。
 男の年齢が年齢だけに、少女がようやく二十歳を迎えてその関係が変わったことを知った後、すぐにでもそういう話が出るのだろうと思っていたが、彼らは相変わらずだった。一方はアスピオの後に魔導士達が移り住んだシャイコスで研究の日々を、もう一方はダングレストとザーフィアスを行き来しつつ仕事の日々を、という変わらない生活を送るばかりで。
 業を煮やした青年の妻であり女性の親友は、いつぞやか女性が同席する中で男を問い詰めたことがあったのだが、それに対して女性は何てことないと言った風に言ったのだ。
『別に無理にそういう形にこだわる気は無いし。そんなことしなくたって、おっさんがあたしのものになったのは、あたしが一番良く分かってる』
 それを聞いて一応の反論をしようと口を開きかけていた男は勿論のこと、男を問い詰めていた女性も、それを静かに見ていた青年も絶句し、それぞれに脱力した。
 青年が思い返していた「その時」を男も思い返していたのだろう、重なった溜息に男が苦笑を隠さないまま口を開く。
「あの時も、おっさんはそういう年だったし、押されて頷いたとは言え自分で納得したことだから、きっちり責任取ろうと思ってたのよね。で、あの漢前な発言でしょ? 言えなくなっちゃったわけよ」
「あー…………、確かにあれは、らしいとは言え、えらく漢前な宣言だった」
「でしょでしょ。おっさん惚れ直しちゃったし」
「……惚気か、おい」
「で、言えずにさ、ずるずるここまで来ちゃったわけで。けど正直、きちっと形にしておきたいなー、なんて。年々どころか月単位で磨きが掛かってるし、仕事終わって会いに行く度におっさんの心臓がやばい上に、うっとうしい視線も多くなっていくし」
 元々年齢よりも幼く見られていた少女だが、さすがに二十歳を過ぎた頃からは「大人」に見られるようになっていて。出会った頃を知っている青年は同意するように頷いた。
「一緒に住んで四六時中見てれば慣れるだろうし、ついでにうっとうしい視線を蹴散らせるだけの立場も確約されるし?」
「自由気ままなシングルライフを捨てても、と思ったからね」
 ぽつりと答えて視線を逸らしながらグラスの中身を一気に呷った男に、青年は口元を持ち上げて、手にしていたグラスを僅かに高く上げる。
「まあ、おめでとさん」
「青年には既婚者の先輩としてこれからも色々頼むわねー」
「……夫婦喧嘩の避難所にはすんなよ」
 照れたように声を返した男に、「先輩」は笑みを苦笑へと変えてグラスを傾けた。



*密かなレイリタシリーズの数年後。「4.好き」の告白から始まり、08年クリスマス企画の話、キスのお題の「手の平の上なら懇願の」、そして既に完売していますがオフの「サラダ記念日?」の購入者特典おまけ未来編の二人、という感じでこの話となっていたりします。

30.納得行かない

【本編中/第三部終盤/パーティメンバー/コメディ/掌編】


「……納得いかないんだけど」
 憮然とした表情で呟いた青年に、少女は困った様子で小首を傾げた。
「そうは言いましても……、仕方が無いですよ、ユーリ」
「そうそう。ほらエステル、駄々っ子はほっといて行くわよ」
「うふふ、確かに駄々っ子ね。さ、行きましょカロル」
 リタはエステルを促し、ジュディスはカロルを促しながら目の前の店へと入って行く。
「え、えぇと……行ってくるね、ユーリ、レイヴン」
 いいのかなという表情ながらもジュディスには逆らえないのか、後を追った少年。その後姿が店の中へ消えると、それまで憮然としていた青年の肩が目に見えてがっくりと落ちた。
「……何て言うかさ、青年」
「……何も言うな、おっさん」
「うーん、でも敢えて言うわ。そこまで落ち込むほどのこと?」
 小さく肩を竦めながら言ったレイヴンに、肩を落としていたユーリが憤然と男を振り返る。
「これが、落ち込まずに、いられると、そう思うのか、おっさんは」
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて青年!」
「何で……何で二十歳以下限定なんだ、あの店のスイーツバイキングは!!」
 ショートケーキ、ガトーショコラ、チーズケーキ、シフォンケーキ、アップルパイ、フルーツタルト、プリン・ア・ラ・モード……エトセトラ、エトセトラ。
 まるで何かの呪文のように次々と代表的なスイーツの名前を呟いていく青年は、しかし店の宣伝で配られたチラシを見下ろしてとある一文を目にすると、口を閉ざした。
「だってしょうがないっしょ。そこにハッキリ書いてあるんだし、二十歳以下限定って」
 だけど青年はスイーツバイキングってのに目が行って、此処に来て店員さんに言われるまで分かんなかったんだよねぇ。いやぁ、帝都どころか今や世界の有名人になっちゃったから年齢もバレバレだし、これも有名税ってヤツ?
 まくし立てるように言う男の声が耳に入っているのかいないのか、青年は手にしていたチラシをグシャリと握りつぶして声を上げた。
「納得行かないっての!」


*たまにはユーリいじりで。この青年をいじれるのはやっぱりこれ関連でしょう。

29.息も絶え絶え

【本編中/第三部終盤/パーティメンバー/掌編】


「何て言うか、おっさんもう駄目」
 出て来た所で開口一番にそう言ったレイヴン。いつもなら此処で苦笑やら魔導少女の叱咤やらが飛んでくるのだが、さすがに今回ばかりは男の言葉も尤もだと分かっていたのでそれも無い。
 出て来た重厚な扉が閉じるその間際まで、勝者を称えた歓声が聞こえていて、一行の最年少である少年は最年長の男を素直に労った。
「お疲れ様、レイヴン。凄かったね、二百人斬り!」
「ええ、カロルの言う通りです。凄かったですよ、レイヴン」
「まあ、いつものあんたよりはマシだったんじゃないの?」
「あら。誰より声を上げて応援してたんだから、カロルくらい素直に褒めてあげたら良いのに」
「あんたならこれくらい軽いでしょ、倒れたりしたら許さないんだから! だっけか?」
「っ、な、なな、何言ってんのよ! あたしは別に……!!」
「わーっ!? レイヴン!?」
 焦った声を上げた少年に、見てみれば男はばたりと床に倒れていた。エステルが男の腕を取って脈を診てしばらく、安堵した表情で気絶しているようだと告げた。
「まあ、無理も無いんじゃない。息も絶え絶え、って感じだったし」
「そうだよね。ユーリとジュディスですら嬉しそうだったけど疲れた顔してたくらいだし」
「まるで私とユーリが違う生き物みたいに聞こえるんだけれど、首領?」
「ったく、人騒がせなおっさんなんだから。ほら、あたしが術で運ぶから、さっさと宿に行くわよ」
「リタ、大丈夫だと思いますけどそーっとお願いしますね」
「分かってる」
 魔導少女の術の応用でふわりと宙に浮かんだ男の体。やがて簡易宿泊所に運び込まれると、仲間達はレイヴンを労いつつ静かに部屋を後にするのだった。

*おっさんを愛でてみる。そこはかとなくギャグなのはメインがおっさん故の仕様です。

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