【本編中/第三部終盤辺り/ユリエス/掌編】
「――っ」
ちり、とした痛みを感じて思わず眉を顰めたエステルは、しかしいけないと思いつつ漏れ出そうになった声を抑え、呑み込んだ。僅かの間を置いて小さな吐息が零れ、先程感じた感覚に視線を下ろす。
フレンを追いかける為に城を出てから数ヶ月。まるで意図されているかの如く襲い来る騒動や問題に翻弄され、激戦を潜り抜けてきたからだろう、服も靴も傷みが酷く、つい先日合成屋に素材を預けて同じ意匠の服と靴とを注文していた。新しいそれを受け取ったのは昨夜のことで、袖を通すのも、履くのも今日が初めてのことだった。
見た目は変わらなくとも、しかし真新しい布や皮の匂いに包まれて気分もどこか新しく、新鮮な気持ちで上機嫌に歩いていたのは午前中の数時間だけで。
(馴染んでないからでしょうか……)
以前のそれは城を出る前にも、自主的に剣の訓練をする時に何度か履いていた。だからこそ城を出た際にはもう既に馴染んでいたものだったが、見た目は同じでも新しい靴である今のそれは、まだどこか硬い。
足の裏であったり、つま先であったり、と微かに感じる痛みははっきりとしたものよりも気になって仕方が無い。今日、休む前に擦れた部分を確認し、足を良くマッサージしておかないと明日が辛くなる。
「エステル」
「あ、はい? 何です、ユーリ」
「ちょっと休憩」
補給の為に揃えたグミや薬品の入った袋を、ひょいとエステルの腕の中から取り上げたユーリに少女は抗議の声を上げた。
「ユーリ、わたしの分まで……!」
「これくらい余裕。ほら」
確かに言う通り、片腕に器用に二つの袋を抱えた青年はいつもと変わらない様子だ。そしてほら、と伸ばされた手に少女の左手が取られる。
「あの、ユーリ?」
「来る途中に色々置いてありそうなカフェ見つけてな」
手を引かれるままに少し歩いた先には、店先にもテーブル席が用意されたカフェがあった。ユーリに促されるままに席に着いた彼女は、戸惑いながらも歩くことで常に付きまとっていた傷みから解放され、思わず吐息を漏らした。
それぞれに飲み物とケーキを注文し、先に運ばれた飲み物をお互いに口にした後に青年が何気なく言う。
「休憩したら宿まで頑張れる?」
「え?」
「足、痛いんじゃないの」
さらりと言いながら紅茶にまた一匙砂糖を加えた青年に、エステルは目を瞠った。
「気付いてたんです?」
「時々眉顰めてたし、足も止めかけてたし」
「う……あの、怒ってます?」
「エステルらしいとは思うけど、少しな。新しい靴だから慣れてないんだろうし、先に宿に戻って良かったんだけど」
「それは、その……」
新しい靴で歩くのは楽しかったし、それよりも、何よりも……。
「まあ、あんたがある意味我慢強かったから、ケーキにありつけるんだし」
「……ユーリらしいですけど」
苦笑してカップを傾けたエステルに、小さく肩を竦めたユーリはさらりと言った。
「思わぬ所でデート気分だし?」
「っ、ケホッ、……~っ!」
「どうかした?」
「ユーリは、意地悪、ですっ!」
もう、と涙目で言ってぷい、とそっぽを向いた少女に、青年は楽しそうに目を眇めてカップを傾けた。
*最終決戦前の戦力強化中のある時の一コマ。


